映画・テレビ

フロスト×ニクソン(FROST×NIXON)

「ウォーターゲート事件」だけでは語れない
リチャード・ニクソンという人物像
 80

映画の本筋とは離れるが、アメリカ合衆国大統領経験者はホワイトハウスを去った後も、生涯プレジデンシー("The Presidency";大統領職の地位と名誉”とでも訳しましょうか?)を背負い続けるものなんだなあ…と言うのが、この映画を見て、まず感じたこと。

劇中、既に引退したニクソン氏を、誰もが「Mr. President」と敬称で呼ぶのが印象的だった。それは傍目にも、その職務の重みをヒシヒシと感じる瞬間である。だからこそ、米国及び米国民は、大統領職への背信とも取れる犯罪スキャンダルでの辞職を許せなかったのだろう。彼は大統領経験者でありながら、死去の際、国葬は執り行われなかった。

本作は、第37代アメリカ合衆国大統領リチャード・ニクソン氏が、ウォーターゲート事件をきっかけに自ら大統領の職を辞した後、汚名にまみれた自身の名誉を回復し、政界復帰を期すべく臨んだインタビューを巡る物語である。既に結果は出ている話なので、物語の結末がどうこうと言うより、息詰まる対決のプロセスを楽しむタイプの作品だと思う。

この映画が描かれた時代を私の個人史に重ねてみると、私が中学生の頃の話である。こうしたインタビューが行われ、それがニクソン氏の政界復帰を絶望的なものにしたことを、この映画を見るまで私は知らなかった。そもそも、「ウォーターゲート事件」でさえ、それが現職大統領を辞任に追い込んだ、米国政治史上特筆される大事件であったことも、記憶の彼方に押しやられた格好だ。はて、「ウォーターゲート事件」って、どんな事件だったっけ?

◆「ウォーターゲート事件」(ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%88%E4%BA%8B%E4%BB%B6

上記リンクのウィキペディアには事件の経緯が詳細に紹介されているが、かいつまんで言えば、

ウォーターゲート・ビルに入居していた民主党本部に盗聴器を仕掛けた侵入犯とニクソン大統領との関わりが、マスコミの追求によって明らかにされ、大統領が任期途中で辞任に追い込まれた事件、である。

この事件をマスコミの側の視点から描いたのが、ダスティン・ホフマン&ロバートレッド・フォード主演の映画『大統領の陰謀』(1976)(→http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=13725)。傑作の誉れ高い同作だが、事件発覚から僅か4年後の公開で、あくまでも事件記者の視点から描いた作品であることを考慮すれば、謎解きミステリードラマとしては面白いのかもしれないが、「ウォーターゲート事件」の全容を理解するには不十分なのかもしれないと、今回、本作を見て思った(因みに、当時再選確実と言われたニクソン陣営が、なぜ民主党本部へ盗聴器を仕掛けたのかは、未だ謎だそうである)。「歴史的事件」と称される過去の大きな出来事や歴史上の人物について公正な評価を下すには、さまざまな角度から慎重に検証を行う必要があり、その為にもそれ相当の長い歳月を要するのではないだろうか?

70 私は特に感銘を受けた作品、内容をより深く理解する為に、その背景を知りたいと思った作品は、鑑賞後にパンフレットを買うことにしているが、本作は何れの理由にも当てはまるので、迷うことなく買い求めた。このパンフレットの類は、その販売形態の特殊性から、書店で本を買うのとは勝手が違って中身をチャックすることなく買うしかないせいか、結構当たり外れがある。本作のパンフレットはなかなか読み応えのある内容で、映画の内容を十分に補完するものだった。大当たりの部類に入ると思う。

そのパンフレットで、映画では詳しく語られていないニクソン氏の生い立ちや彼の政治家としての業績、さらにニクソン時代に対メディア戦略の重要性が認識されたあらましが、数人の書き手により紹介されている。

【生い立ち】

1913年、米カリフォルニア州生まれ。学業成績優秀。討論会でも連続優勝し、加州のハーバードクラブから万能優等生の賞を受け、ハーバード大学の奨学金を得る。しかし、貧しい雑貨商を営む彼の両親はボストンまでの渡航費と生活費が用意できず、彼はハーバード大への進学を断念し、近隣の大学に通う。

【政治家としての業績】

特に外交手腕を発揮し、デタントと呼ばれる国際間の緊張緩和に大きな貢献を果たした。晩年はレーガン大統領の陰の使者として北京・モスクワを訪れて米外交を支えた。

・中華人民共和国との関係正常化
・ソ連とのSALTI(第一次戦略核兵器制限条約)締結
・前政権から引き継いだベトナム戦争からの完全撤退
・$と金を切り離し、変動相場制へ移行
・環境省を設立

【マス・メディアとニクソン氏】

・1952年、アイゼンハワー大統領の副大統領候補に選ばれた際、政治資金疑惑で窮地に立たされたが、全国ネットのテレビ放送での演説(その時一緒に映った犬の名前にちなんでチェッカー演説と呼ばれる)で、起死回生に成功した。
・1960年、自身初の大統領選では当初接戦であったにも関わらず、対立候補のケネディ氏とのテレビ討論で、テレビ・メディア戦略に長けたケネディ氏に大きく差をつけられたのを機に、選挙でも敗北を喫した。
・1968年、再び大統領候補となった際には、テレビ生番組への出演やCMの大量出稿等、テレビを積極的に活用し、その戦略が奏功して大統領選に勝利した。以後、記者会見は嫌う一方、直接国民に呼びかけるテレビ演説を好んで行った。

45_3 本作は舞台劇の映画化である。フロスト、ニクソン両氏のインタビュー対決シーンに時間の多くが割かれてはいるが、時折挟み込まれるそれ以外のシーンに、映画ならではの味付けがなされていて興味深い。例えば、両者のブレーンを交えた戦略会議や、「カサ・パシフィカ」と呼ばれるニクソン氏の別邸、当時の芸能界を代表するセレブが顔を揃えたフロスト氏のバースデイ・パーティ等の描写、さらにニクソン氏がピアノを弾くシーンや動物との何気ない触れあいを描くことで、フロスト、ニクソン両氏の人となりや心理状態、インタビュー対決の楽屋裏での奮闘が手に取るようにわかる作りになっている。

45 一部フィクションを盛り込んで劇的効果を高めてはいるが、歴史の1ページとして記憶されただけのフロスト×ニクソンのインタビュー対決が、それから32年後の今、こうして目にできるのは素晴らしいことだと思う。4日間に渡るインタビューで3日まで圧倒的優勢に立っていたニクソン氏が、4日目にあっけなく形勢逆転される点が腑に落ちないとの映画評を目にしたが、私が思うに、常に攻撃する側、優位にある側の人間が、不覚にも守勢に回った時には、驚くほど脆いものなのではないだろうか?往々にして攻撃な態度、強気な姿勢は、自らの弱さをひた隠す為の方便であったりするものだと思う。

またしてもメディアの魔力(フロスト氏の方がそれを使いこなすことに長けていた!)に敗れたニクソン氏だが、それだけで彼の業績が全否定されるのは酷過ぎる。「大統領」と言う米国最強の権力を一度は手にしたはずのニクソン氏の、弱さも含めた人間的側面を描くことで、彼への同情や共感を呼ぶ作品に仕上がっているのが、この作品の面白いところだろうか?

45_2 また生粋のテレビ人であるフロスト氏の、さらなる成功への鍵を見つけ出す嗅覚の鋭さ(当時、誰もが「無謀な挑戦」と、企画への出資には消極的だったのだから)と、インタビュー対決での圧倒的不利に動揺するブレーンを一喝する力強さ~自らを信じる力と仕事への集中力、大博打に打って出る神経の図太さ~には舌を巻く。やはりただ者ではない。その強気な策士ぶりが、彼を大逆転勝利に導いたのかもしれない。その鮮やかな逆転劇(それまでは苦労の連続だが)は、約30年前の夏の甲子園において、対豊見城高校戦で9回裏に、当時東海大相模高校の中心選手だった原辰徳・現巨人軍監督がホームランを放ってチームを勝利へと導いたシーンを、ふと思い出させもした。生まれながらに運を自らに引き寄せる強運の持ち主が、歴史を作ると言えるのかもしれない。

◆映画『フロスト×ニクソン』公式サイト→http://www.frost-nixon.jp/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第81回米アカデミー賞をリアルタイムで楽しむ♪

今年は『スラムドッグ$ミリオネア』YEARでした!

50 レッド・カーペットでは、やはり女優陣のゴージャスなドレスがみどころ。特に人気のデザイナー、ヴァレンチノ氏ご本人も登場しました。私のイチオシはやっぱり、ペネロペの80年前?に作られたと言うヴィンテージ・ドレスかなあ…髪をアップスタイルにした彼女は、往年のオードリー・ヘップバーンを彷彿させます。女優としての彼女は、作品の為ならフルヌードも辞さないプロ根性の塊のような人だけれど…助演女優賞の受賞スピーチ「映画は世界をひとつにします。映画を守りましょう」も素晴らしかったです!

Photo_3













今回のアカデミー賞の演出は出色ですね。オープニングから楽しめました。トニー賞受賞歴もある司会のヒュー・ジャックマンが歌い踊りながらノミネート作品を紹介。6分間に及ぶ見事なパフォーマンスです。

60 60_2






【受賞作品もしくは受賞者(発表順、賞によっては作品名のみ)】

しかも今回は各演技賞で、歴代の受賞者の中から5人がステージに登場し、ひとりひとりが順送りに、ノミネートを受けた俳優を賞賛のメッセージと共に紹介。それに聞き入っているノミネート俳優の感激の表情に心を打たれました。歴代の先輩俳優に褒められるなんて…このような心憎い演出はかつねなかったこと。アカデミー賞の長い歴史と層の厚みを今更のように感じたシーンでした。

◆受賞スピーチ(公式サイトより、英語):http://www.oscar.com/oscarnight/winners/

Photo_4 ■助演女優賞:ペネロペ・クルス 
  『それでも恋するバルセロナ』

■オリジナル脚本賞 :『ミルク』

■脚色賞:『スラムドッグ$ミリオネア』

■長編アニメ賞:『WALL/E』


■短編アニメ賞:『つみきのいえ』 加藤久仁生氏
…邦画初受賞おめでとうshine


【2009.02.24追記】

加藤氏はROBOTと言う映像製作会社の社員なんですね。多摩美大卒の31歳。ニュース報道でご両親の言葉がありましたが、本来おとなしくて目立つことが嫌いな方だとか。しかし子供の頃から絵を描くことが好きで、ニュースでは小学生時代に描いたと言う鉛筆描きのマンガも紹介されていました。好きなことで認められるのは、本当に幸せなことですね。

■美術賞:『ベンジャミン・バトンの数奇な人生』

■衣装デザイン賞:『ある公爵夫人の生涯』

■メイクアップ賞:『ベンジャミン・バトンの数奇な人生』

■撮影賞:『スラムドッグ$ミリオネア』 アンソニー・ドッド・マントル

■短編実写映画賞:「トイランド」(ドイツ)

Photo_5 さらに半ばにはディーヴァ、ビヨンセを迎えてのヒュー・ジャックマンとのミュージカル・メドレー。両脇にはザック・エフロンを筆頭に次代を担う若手スター達、背後には大勢のダンサーを従えています。歌唱はもちろん、ダンス・パフォーマンスも圧巻でした!



■助演男優賞:『ダークナイト』 ヒース・レジャー

Photoヒースが故人なので、彼の家族、両親と妹が代理でオスカー像を受け取り、受賞スピーチを行いました。








■視覚効果賞:『ベンジャミン・バトンの数奇な人生』

■音響編集賞:『ダークナイト』

■録音賞:『スラムドッグ$ミリオネア』

■編集賞:『スラムドッグ$ミリオネア』

■ジーン・ハーショルト友愛賞(長年の社会貢献に対して):ジェリー・ルイス
ジェリー・ルイスは長年に渡り、筋ジストロフィー患者に対して累計10億ドルにも及ぶ援助活動を行って来たらしい。

■作曲賞:『スラムドッグ$ミリオネア』

■歌曲賞:『スラムドッグ$ミリオネア』 ”Jai Ho”

■外国語映画賞:『おくりびと』…邦画初受賞おめでとうshine

Photo_2
日本人としては快哉を叫びたいところですが、受賞式は割とあっさりとした進行で、滝田監督の短めのスピーチが終わると、追い立てるように退場の音楽が流れました。滝田監督の仕草を見ると、主演のモックンにもスピーチを勧めていたように見えました。先ほどの短編アニメ賞の加藤監督もそうでしたが、言葉の壁は大きいですね。母語ならもっと含蓄のあるスピーチができたであろうに、と思います。国内向けのスピーチの内容との乖離が大き過ぎて悲しい。他の受賞者は英語圏の人はもちろんのこと、非英語圏の人々も自在に英語を操り、見事なスピーチをしています。こういった場面を目にする度に、(悔しいけれど)今や英語が国際語として幅をきかせている以上、日本人の英語下手が残念に思います。「郷に入りては郷に従え」と言う言葉もあるように、海外の公の場で発言する機会のある人は、英語で最低限のコミュニケーションは取れるようにして欲しい。米アカデミー賞では「まさか自分が受賞できるなんて」と言う謙遜はやめて、せめて丸暗記でも良いから入念に練られた受賞スピーチを用意して、受賞式に臨んで欲しい。或いは正式に通訳を立てた方が良いと思います。ハリウッドスターが来日会見で通訳を立てているように(【2009.03.06追記】←滝田監督の話によれば、アカデミー賞受賞式では通訳を立てることは原則禁止のようですね。さらに改めて受賞スピーチを見ると、非英語圏出身者で見事なスピーチをしているのは、人前で”表現”するのが仕事の俳優陣だけですね)

【2009.02.24追記】

『おくりびと』の外国語映画賞受賞は、米国マスコミでも”サプライズ”として受け止められていて、予想外の受賞だったようです。下馬評ではイスラエルのアニメ(内容はどうもイスラエル・パレスチナ紛争を題材にしたもの)か、と言われていたんですよね。しかし、未曾有の経済不況や各地での絶え間ない紛争などで疲弊した人々の心には、本作の”癒しの物語”が受け入れられたのかもしれません。

◆『おくりびと』私的レビュー:http://hanakonokoukishin.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-bcf7.html

■監督賞:ダニー・ボイル 『スラムドッグ$ミリオネア』

■主演女優賞:ケイト・ウィンスレット 『愛を読む人』

■主演男優賞:ショーン・ペン 『ミルク』

ショーン・ペンが謝辞の筆頭に「親友の…サト・マツザワ」と言う日本人名を挙げたのにはビックリしましたが、ショーン・ペンのパーソナル・アシスタントなんだそうです。ググってみたら、以下のような記事もありました。それによれば、サト・マツザワは女性で、長く彼の仕事上のサポート(映画のクレジットでも"miscellaneous staff"と書かれているので、日本で言うところの”付き人”なんでしょう)を務めている人のようです。さらに記事では、受賞スピーチで通常家族への謝辞を述べるケースが多い中で、ショーン・ペンは妻や子供達に一切言及しなかったことも、彼自身の考えがあってのことで(もちろん家族の支えには感謝している)、それが彼のスタイルなのだと書いています。

サト・マツザワって誰?
http://asianista.com/2009/02/24/identity-of-sean-penn-best-friend-sato-masuzawa-thanked-oscar-acceptance-speech-revealed/


■作品賞:4月の公開が待たれる『スラムドッグ$ミリオネア』

ノミネート最多13部門で話題を呼んだ『ベンジャミン・バトンの数奇な人生』との直接対決ではことごとく勝って、結局今年のアカデミー賞の顔となった本作。あのダニー・ボイル監督がボリウッドと組んだ意欲作です。期待大。

ところで『クイズ・ミリオネア』は英国発祥のクイズ番組で、今では世界70カ国のお国バージョンで放映されているらしい。日本版は最近もっぱらセレブ出演番組になってしまって、「芸能界内でお金回してどうすんのよ」って気がしないでもない。このクイズ番組は本来視聴者参加型で、一般人が四者択一のクイズで一攫千金を狙えるから人気を博したはずなのに、日本では司会者と出演芸能人(有名人)のやりとりがウリになってしまいました。芸能人(有名人)なんて、こんな番組を利用しなくても自分の才能で稼ぎ出せば良いのに。否、稼ぎ出せるでしょう?


80

| | コメント (0) | トラックバック (1)

マンマ・ミーア!(原題:MAMMA MIA!)

ミュージカル映画としての完成度はさておき、楽しみましょう♪

既に昨夏には欧米で公開されていたこの作品。真冬の日本にギリシャの目映いばかりの陽光と暖かな風を運んで来た。それにしても待たせるなあ…

ミュージカル『マンマ・ミーア』が上演された
ロンドン、ウエスト・エンドのプリンス・オブ・ウェールズ劇場

Photo 言わずと知れた、1999年にロンドンのウエスト・エンドで初演以来、世界的人気を博した舞台ミュージカルの映画化作品である。私は2006年春に、写真の劇場で舞台を見た。さすが皇太子の称号を冠した劇場だけあって、外観も内部もゴージャスだった。旅行の1カ月前にticketmasterと言うサイトでオンライン予約して息子と二人分のチケットを確保したのだが、運良く前から2番目の真ん中に近い席が取れ、1mも離れていない所にオーケストラ(バンド?)の指揮者がいた。舞台下にはオーケストラ(バンド?)が控えており、奏者の表情も見えるほど。舞台上の出演者の飛び散る汗も届くような近距離だった(笑)。何でも舞台クライマックスでは観客も総立ちで一緒に歌い踊ると聞いていたが、マチネーで子供連れが多かったせいか、私が見た舞台はそれほどでもなかった。

とにかく、これはABBAの音楽を楽しむミュージカル”歌自身が持つ魅力が全て”と言って良い作品なのかもしれない。始めにABBAの音楽ありきで、ABBAの音楽が持つ明るさ、大らかさ、温かさ、優しさを味わう為に、無理矢理こじつけてミュージカルに仕立てたようなもの(笑)。巷では、そのストーリーの他愛のなさを指摘する声もあるが、そもそも芸術の中の芸術、総合芸術と呼ばれるオペラだってストーリーは他愛のないものが多い。最近、パブリック・ビューイングを利用してMETやUKのオペラを何本も見ているが、その多くは愛だの恋だのと歌っている。それを大仕掛けの舞台装置やドラマチックな歌唱で、高尚な芸術に昇華させているに過ぎない(って言ったら言い過ぎか(^_^;)しかし、そう考えるとオペラがより身近に感じられるのも事実)

70 映画が舞台に勝るのは、やはりロケーションの魅力だろう。舞台では視点は一点のみだが、映画ではさまざまな視点から、物語の舞台を、人々の姿を映し出す。ギリシャと言ったらエーゲ海。あの陽光降り注ぐ紺碧の海は、それだけで見る者の心を解き放つ。そもそも北欧スウェーデン生まれの歌が、ギリシャを舞台とする物語にうまく嵌ったのが不思議だが(と言うか、やはり無理矢理嵌め込んだ?)。

40 ドナ役のメリル・ストリープは9.11事件後にNYのブロードウエイで、舞台版を見て以来、その突き抜けた明るさにファンとなり、ふたつ返事でドナ役を引き受けたそうだ。意外にも彼女にとって初のミュージカル作品だが、学生演劇出身の彼女は学生時代にはよくミュージカルに出演していたらしい。それでも女優として既に揺るがない地位を築いた彼女が、新たな分野に挑戦する、そのチャレンジ精神は天晴れとしか言いようがない。来年には還暦を迎えようとしている彼女が、画面狭しと弾けまくっている(笑)。群舞で揃わないのはご愛敬か。歌唱はけっして上手くはない(音域が狭いかな?)が、演技派なだけあって情感豊か。

40_2 この作品はなんと言っても女性が主役。要所要所で笑わせてはくれるものの、女性陣の圧倒的パワーの前に、総じて男性陣は影が薄い印象。(個人的にはコリン・ファースが大好きなんだけれど、彼もすっかりオジサンになっちゃった。しかも今回の役は…)。これは女性、しかもABBA世代(40~50代)には堪らない作品だろうが、果たしてそれ以外の人にはどうなんだろう。とにかく、今の時代に最も元気な世代をさらに元気にさせる映画であることは間違いないと思う。

因みにタイトルの『マンマ・ミーア!(MAMMA MIA!)』はイタリア語で、直訳したら「私のお母さん」。しかし会話では「なんてこった!」と言うような驚きを表す意味で使われる。英語の"Oh my God!"や"Oh my goodness!"に近いニュアンスかな。この作品は確かに「なんてこった」なストーリー展開だし、母子の物語でもあるので、両方をかけたタイトルとして解釈できるだろうか。

懐かしいABBAの元メンバーと映画のキャストが勢揃い
Abba80

| | コメント (0) | トラックバック (0)

レボリューショナリー・ロード~命燃え尽きるまで

60 「青い鳥」に気づけなかった夫婦の物語

かの『タイタニック』以来11年ぶりの共演でも話題となったレオナルド・ディカプリオ×ケイト・ウィンスレットの主演作である。監督は舞台演出をキャリアの出発点に、初映画監督作『アメリカン・ビューティ』(1999)で米アカデミー監督賞、作品賞を受賞したサム・メンデス(ケイト・ウィンスレットの夫でもある)。その鋭い人物描写は容赦なく、痛々しいまでに登場人物の心を丸裸にする。今回もその演出は冴えわたり、見る者の心に鋭く突き刺さるような葛藤のドラマが展開した。

【あらすじ】

時代は1950年代、米国は高度経済成長期を迎えていた。フランク(レオ)とエイプリル(ケイト)は娘と息子の二児に恵まれ、コネチカット州郊外のレボリューショナリー・ロードと呼ばれる新興住宅街に小綺麗な住居も構え、傍目には幸せな中流家庭の暮らしを実現しているかに見えた。

しかし二人は現在の生活に、内心納得の行かないものを感じていた。かつて描いていた理想と現実のギャップに、悶々としていた。特に、女優を志したエイプリルにとって、「平凡な郊外での暮らしに埋没すること」は受け入れ難い現実だった。彼女は夫のフランクに訴える。「かつての私たちは輝いていた。私たちはここの住人の誰よりも優れている。このままでいいの?」~そして、フランクの30歳の誕生日に、パリへの移住を提案するのである。

「思い切って貴方は仕事を辞め、自宅を売り払い、一家でパリへ移住する。パリでは貴方の代わりに、私が国際機関で秘書として働いて家計を支えるわ」~エイプリルの突拍子もない提案に最初は戸惑ったフランクも、次第にその気になって…しかし、運命の歯車は思わぬ方向へと二人を導いて行く。

【感想】

60_2 辛辣な人物描写が印象的だ。登場人物全員が悪人とは言わないまでも、その言動に何かしらの毒を含んでいる(キャシー・ベイツが登場した辺りから、毒を感じたのは配役の妙?)。他人の成功を妬み、失敗に安堵する。自分たちの幸福を、他人の不幸で相対化する。ここでは善意も友情も薄っぺらい。出る杭は、必然的に打たれるものなのだろうか。

ただし、人間関係も鏡のようなものだ。”自分たちは選ばれし者”と言う、主人公達の傲慢さや独善性が、周囲の悪意を呼び覚ましてしまったとも言えるのだ。彼らが優位に立つ限りは周囲も美辞麗句で賞賛するが、一旦ほころびが見つかるや、周囲は手のひらを返したように冷たく突き放す。人生に強気(貪欲?)であればあるほど、失敗には周囲から手痛いしっぺ返しが待っているのだ。

個人の上昇志向は、国勢も上向きだった時代にはそれほど珍しいことではなかったのかもしれない。”フランスに行きさえすれば道が開ける”とは暢気なものだ。数年間も専業主婦だった女性が、いきなり国際機関の秘書業務に就けるものなのか?そうした楽観主義も、”いけいけどんどん”な高度経済成長の時代の空気が生み出したものなのか?

しかし、過剰な上昇志向は、そうでない者には”鼻につくもの”であり、妬まれる要因にもなる。”現状に安住し、新たな一歩を踏み出せない、意気地なしの現実主義者達(←しかも、こちらの方がマジョリティ。かくいう私もこちら側)”を、内心蔑んでいた主人公達は、その傲慢さが周囲の人間達には見透かされていたのかもしれない。

主だった登場人物の中でも、マイケル・シャノン演じるジョンの吐き出す言葉は、そのことごとくが真実を衝いて、主人公二人の心を掻き乱す。ドラマの中ではキー・パーソンとも言える存在だろう。彼が登場する度に、見ているこちらまで緊張した。

それにしても、過剰な上昇志向がもたらした結果は、あまりにも哀しい。主人公達は既に確かにある幸福に気づけずに、さらなる幸福を求めて”外”を目指した。しかし、幸福とは”外”にあるのではなく、自らの”内”にあるものなのではないか。それに気づけなければ、どこまで行っても、いつまで経っても充足感は得られないと思う。

【気になったこと】

ヒロイン、エイプリルのチェーン・スモーカーぶりには驚いた。喫煙は彼女の苛立ちを表す重要な行為なのかもしれないが、それにしても凄い。調べてみると、1915~1950年にかけて、米国では急激に煙草の消費量が増えたそうだ。当時は喫煙行為と健康被害の因果関係についての調査もなされておらず、喫煙は嗜好品として堂々と市民権を得ていたようだし、女性の社会進出とも関係があるのだろう。それでも彼女のチェーン・スモーキングは常軌を逸している。その異常なまでのニコチン依存は、彼女の精神的均衡の喪失を暗示しているかのよう。

【スピーチ・ライター】

オバマ米大統領の演説原稿を手がけているのが、若干27歳のスピーチ・ライターと報道されて驚いたばかりだが、そもそも私はスピーチ・ライターなる存在も知らなかった。実は、この映画の原作小説の作者、リチャード・イェーツは、当時の司法長官ロバート・ケネディのスピーチ・ライターだったらしい。演説の骨格はスピーカー自身が作るものだろうが、それに肉付けするのはスピーチ・ライターの役目のはず。さまざまなデータの裏付けを取り、社会動向を見極めた上で聴衆の心を掴むような内容にまとめ上げる。そういうスピーチ・ライターの仕事は、彼の小説作りにも大いに生かされたのではないかと想像する。特に時代の空気を読み取るのは、彼の最も得意とすることだったのではないかな?

◆『レボリューショナリー・ロード~命燃え尽きるまで』公式サイト:http://www.r-road.jp/

| | コメント (1)

ノーカントリー(NO COUNTRY FOR OLD MEN)

60_2アントン・シガー、劇中彼の背景説明が一切なされないのも言いしれぬ恐怖を誘う。彼がどこから来て、どこへ向かおうとしているのか観客には一切明かされないのである。

ボディブローのようにジワジワと効いてくる映画だ。

 ”一般人”には理解し難いメンタリティと哲学を持った犯罪者への恐怖は現実世界も同じ。「殺すのは誰でも良かった」「殺したことを後悔していない」「被害者への謝罪は…特にない」。映画の中の職業としての「殺し屋」と日本の「無差別殺人犯」。一見かけ離れたような存在のようで、「理解不能な存在」という意味では一致。できれば関わりたくないタイプの人間(でも、いつどこで、そのような輩と出逢うやも知れぬ。それが昨今の恐ろしさ。タイトルも、もはや年寄りが安穏と暮らせる国は無くなった、とも取れ、社会の変質を暗示させる)。しかし、その有無を言わさぬ暴力の理不尽さに、嫌悪感と恐怖を覚えながらも、劇中のトミー・リー・ジョーンズ演じる保安官の傍観者的態度に共感する(理解を示す?)人は案外多いのではないか(下手に関わると、こっちの身が危ないもんね。戦争下のような切迫した状況でない限り、愛する存在がいる人間は、わざわざ危険な賭には出ないと思う。たとえ意気地なしと呼ばれても。勇気ある者への賞賛は一時的なもの。その多くは、残された者の悲しみだけを残して、人々から忘れ去られてしまう)

本作は苦い後味を残すが、見応え十分。コーエン兄弟恐るべし。

 実のところ、”一般人”と”殺人者”のボーダーも最近は曖昧なんだよね。周囲が驚くほどあっけなく両者の間にある”壁”を乗り越えてしまう人々がいる。そんな状況を「明日は我が身」と内心恐怖におののきながら生きているのが現代人なんだろうか?自分は絶対”アチラ側の人間”にはならないと確信が持てる人は、今の日本に果たしてどれだけいるのだろう?

◆映画『ノーカントリー』公式サイト:http://www.nocountry.jp/
◆映画データ:http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=328975 (cinemaonlineより)

60_3












以下はネタバレにつき、映画をご覧になった方だけ読まれたし。

【つっこみどころ】

冒頭、殺し屋アントン・シガーが後ろ手に手錠をはめられ保安官事務所に連行される。その後の彼の無敵ぶりを見たら、なぜ彼が保安官ごときに逮捕されたのか理解できない。この保安官事務所における、彼の極悪非道ぶりをまざまざと見せつける殺害シーンの描写は、出口のない恐怖ショーへの導入として確かに効果的ではある。

【ついでながら、気になること】

「とにかく誰かを殺したかった」―最近ニュースで耳にした、あまりにも理不尽な殺害動機(厳密には”動機”とは言い難いが)。同じ様な台詞を最近、米ドラマ『クリミナル・マインド FBI行動分析官』で耳にしたばかりである。ドラマでは殺人衝動の妄想に悩む少年が、その抑え難い衝動を結果的に他者ではなく、自分自身に向けた(→自殺をはかる)のだった。

従来はドラマの少年のように絶望の果てに自傷に至っていた人間が、今や他者への攻撃(殺傷)へと走るケースが珍しくない。自らの破滅に、自分とは無関係な人間を道連れにする。理不尽な殺人は自分を受容しなかった社会全体への究極の復讐とも見てとれる。そのターゲットにされた被害者は堪ったものでない。何が人間を変質させたのだろう。犯罪者個人を断罪したところで解決できる問題ではないような気がする。寧ろ社会全体で、そうした殺人者を生み出した土壌としての責任を負う覚悟が必要なのかもしれない。

【あの気になる髪型についてのメモ】
2008.5.2付日経夕刊13面コラム「モードの方程式」(中野香織氏)に、ハビエル・バルデム演じるシガーのあの独特な髪形についての言及があった。それによれば、ヘアードレッサー、ポール・ルブランは「十字軍」にヒントを得て、あの殺し屋ヘアーを考えついたと言う。「十字軍の騎士とイスラム教徒が殺し合う時代の髪形。時を超えた危険な雰囲気をハビエルに与えたかった」と英「ガーディアン」紙に語ったらしい。意外なルーツにビックリ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年公開映画作品Hanako的総括

50 先日、改めて昨年映画館で見た映画の本数を確認したら90本だった。体調不良で一時期見られなかったのに、年間を通しては結構な本数を見たのだなあと我ながら驚いている。もちろん、映画フリークを自称される方々の本数には到底及ばないけれど、「主婦業そっちのけで映画を見ていたのか」と夫には怒られそうだ~(^_^;)。

既に周知の通り、老舗映画情報誌『キネマ旬報』で、恒例のベスト・テンが発表された。某アカデミー賞より、こちらの方がどう見ても映画の作品としての”質(出来?)”を的確に反映しているように見える。

ランキングで、赤字表示となっているのは私も見た映画。さらにアンダーラインが引いてあるものは、このブログ内にレビューが存在する。興味を持たれたなら、カテゴリーの「映画(2008年)」を参照されたし。意外にも私は洋画のレビューを殆ど書いていないんだなあ…洋画は邦画と違って、記事を書くに当たって調べなければならない事柄が多いので、ついつい書くのが億劫になっているのかもしれない。これではあきまへんなあ。映画をきっかけに見聞を広げることが、映画を見る目的のひとつでもありますから。今年は時間と体調の許す限り、頑張って書き綴って行こうと思う!

【邦画】

1位)おくりびと 
2位)ぐるりのこと。 ←私の中では邦画ベスト1!shine
3位)実録・連合赤軍 あさま山荘への道程
4位)トウキョウソナタ
5位)歩いても 歩いても 
6位)闇の子供たち
7位)母べえ
8位)クライマーズ・ハイ
9位)接吻
10位)アフタースクール

【洋画】

1位) ノーカントリー 
2位) ゼア・ウィル・ビー・ブラッド 
3位)ダークナイト 
4位) イントゥ・ザ・ワイルド 
5位) ラスト、コーション
6位) イースタン・プロミス
7位) その土曜日、7時58分
8位) エグザイル/絆
8位) つぐない
10位) チェチェンへ アレクサンドラの旅

40








【MY BEST MOVIES】

一般的な映画評は別として、私なりに印象に残った作品、感銘を受けた作品、考えさせられた作品は以下の通り。基本的にもう一度見たいと思う作品かな。タイトルの後に、ひとことコメントをつけてみた♪上記に同じく、アンダーラインの引いてあるものは、このブログにレビューが存在している(一部まだ未up)。

《邦画》

1位 ぐるりのこと。:人の脆さと強さ、人の絆の強さと深さを改めて教えられる
2位 おくりびと:納棺師の仕事を通じて知る、人の”死”の厳粛さと”生”の尊さ
3位 歩いても歩いても:家族の誰に自分を投影するかで、印象が大分変わる作品
4位 アフタースクール:騙される快感、と言うものを初めて知った。温もりもある
5位 接吻:社会の片隅で顧みられることなく生きる人間の哀しみを小池栄子が好演
6位 しあわせのかおり:グルメ映画であり、再生の映画でもある
7位 天国はまだ遠く:とにかくチュートリアルの徳井がいい味出している
8位 落語娘:男社会で奮闘する落語娘が健気。主演のミムラの清潔感が好ましい
9位 闇の子供たち:いろいろ物議を醸したが、見る価値はある。特に買春問題
10位 ハッピー・フライト:飛行機一機飛ばすのに、何と多くの労力が費やされていることか

惜しくも選外だけれど、『グーグーだって猫である』『百万円と苦虫女』『母べえ』『イキガミ』『トウキョウソナタ』『ホームレス中学生』『うた魂』『デトロイト・メタル・シティ』も良かった。その良さというのは、俳優の”好演”や”素の魅力”であったり、作品の時代批評精神であったり、人間の普遍的な在り方を描いた点であったりする。いずれにしても、洋画より邦画の方が今年も見応えがあったように思う。今年度は未曾有の不況で映画製作にブレーキがかかるだろうとの不穏な予測が出ている。こんな時こそ、国を挙げて、文化保護の一環で映画を守るべきだと思う。人はパンのみで生くるに非ず。

《洋画》

ランキングをつけるのが難しい。特に印象に残ったものを公開順に列挙してみる。何せ見た数が多いので、10では収まらない。

1)アメリカン・ギャングスター: リドリー・スコット×デンゼル・ワシントン×ラッセル・クロウ=見応えある男のドラマ
2)ラスト、コーション:大胆な性描写ばかりが取り沙汰されたが、激動と緊迫の時代描写も秀逸
3)潜水服は蝶の夢を見る:実話に基づく物語。人の生き様について考えさせられる
4)君のためなら千回でも:戦争で最も傷つくのは、いつも子供達=その国の未来
5)ペネロピ:豚の鼻を持って生まれた女の子の幸せ探しの行方
6)バンテージ・ポイント:ひとつの場面を様々な角度から見せる演出手法が面白い
7)ノーカントリー:有無を言わせない暴力の恐ろしさ
8)つぐない:少女の嘘が人の運命を狂わせる。その罪を贖うことはできるのか?
9)フィクサー:”もみけし屋”にも五分の魂、もとい五分の正義感?
10)ゼア・ウィルビー・ブラッド:ダニエル・デイ・ルイスの熱演で描く山師の血塗られた生涯
11)マンデラの名もなき看守:崇高なマンデラの精神に感化される、ある看守の物語
12)幻影師アイゼンハイム:エドワード・ノートンファンには嬉しい彼の主演作
13)パリ、恋人たちの2日間:米仏カップルの恋の顛末。とにかく二人の会話が楽しい
14)イースタン・プロミス:ヴィーゴ・モーティンセンの体を張った熱演。ロンドンのロシアン・マフィアの恐怖
15) インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国:なんと言っても19年ぶりですから…
16)奇跡のシンフォニー:”やはり血は争えない”~奇跡の子供の物語
17)ドラゴン・キングダム:意外にも初”競演”のジャッキー・チェンとジェット・リーの「孫悟空」
18)旅するジーンズと19歳の旅立ち:成長した4人の女の子達の旅立ちの物語
19)ダークナイト:アメコミが深遠なるドラマに。ヒース・レジャーの怪演が印象的
20)アクロス・ザ・ユニバース:ビートルズ・サウンズで綴る青春物語
21)落下の王国:物語の流れより、映像美、世界各地の風景も楽しめる
22)ウォンテッド:新感覚の映像美に度肝を抜かれる。しかし物語は陳腐かな?
23)アイアンマン:意外に面白いんだな、これが。ものづくりのワクワク感を追体験
24)宮廷画家ゴヤは見た:とにかく、こんなに沢山のゴヤの絵を見たことがない
25)僕らのミライへ逆回転:低予算でSF大作も作っちゃった。皮肉?それともオマージュ?
26)P.S.アイ・ラブ・ユー:こんな愛情の表現の仕方もあるのね、と知った。
27)ブーリン家の姉妹:歴史の陰に女の野望あり。若手女優の競演も見応えあり
28)ブロードウエイ~コーラスラインへの道:ブロードウエイを目指す俳優達の奮闘は涙あり、感動あり
29)レッドクリフ1:まだまだ本編には到達せず。これは前哨戦の物語なのだ
30)ダイアリー・オブ・ザ・デッド:描いているのは、無責任な主観情報氾濫への警鐘?
31)WALL・E:ピクサー・アニメのひとつの到達点?壮大な宇宙空間の描写は必見!
32)ザ・ローリングストーンズ・シャイン・ア・ライト:ロックは年齢を超越する?!もう化け物に近い!
33)ワールド・オブ・ライズ:諜報戦は騙し合い。中東の緊張は今も続く。
34)ラースとその彼女:好青年ラースの心の成長を描く、スモール・タウン・ムービー
35)永遠の子供たち:失踪した我が子を捜す母が最後にたどり着いた場所は…

リストアップしながら、それぞれの作品について思い出した。私の拙いひとことコメントで、どれだけ、その魅力が伝わるのだろうか?昨年は時間的・精神的余裕がなくて、レビューを書き損ねた作品は多い。今年はできるだけレビューを書いて行きたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本の職人の底力を見た!これが本当の国際協力なのかも

去る9月26日、夕方のニュースの延長で見ていた10チャンネルで、興味深い番組があった。題して『世界の子供がSOS!THE・仕事人バンク マチャアキJAPAN』。スリランカやタイの困っている子供達のもとに、日本のベテラン職人が赴いて、自らの技で助けの手を差し伸べると言う企画。スリランカ、タイ、それぞれ1時間のレポートだ。

■2年前にスマトラ沖地震による津波で甚大な被害を受けたスリランカ沿岸部。そこに母や幼い兄弟達と共に住む17歳の少年リファース君(奇しくもウチの息子と同い年)。彼は津波で一家の大黒柱である父を失い、以来学校を辞めて終日漁師として働き、家族の生活を支えている。彼が困っているのは、彼の家に冷蔵庫がない為に、せっかく釣り上げた魚がすぐに腐ってしまうこと。そこで、彼のもとに鹿児島県枕崎市のベテラン鰹節職人、大茂健二郎氏(73歳)が派遣される(魚も節加工すると2週間は保存がきくらしい)。

ファース君の将来の夢は船舶免許を取得して、鰹漁の漁師になること。その為には勉強が必要だ。魚の節加工技術を学べば、漁に出る時間を短縮して、浮いた時間を勉強時間に充てることができる。小舟で漁をする彼が現時点で釣れるのは小ぶりの魚ばかり。鰹は夢のまた夢だ。

日本から持参した2本の包丁を使って、華麗に魚を捌いてみせる大茂氏。限られた時間で、彼の60年間の職人生活で培った技術を、リファース君に伝授したい。ただやって見せるのではなく、二人で一緒に作ってみる。学ぶことは真似(まね)ぶこと。厳しくも温かい指導をする大茂氏。言葉は通じなくても、いつしか二人の心は通い合う。

リファース君の家族との触れ合いの時間。幼い弟はいまだ海が怖いと言う。ほどなくして大茂氏は、その幼い弟とリファース君が2人で、2年前の津波被災時に父親の遺体を海から引き揚げたことを知る。益々自らの技術をリファース君に伝えたい思いが募った。もうここまで来ると、父親が我が子を想う心境に近い。翌日、密かに鰹を市場で買い、鰹節の製造方法を伝授する大茂氏。真剣な眼差しで必死に学び取ろうとするリファース君。さて、いよいよ指導を終えて旅立つ日、大茂氏は日本から持参したあの2本の包丁を、これからひとりで節を作ることになるリファース君へのはなむけにプレゼントしたのだった。

スタジオに改めて大茂氏を招き、彼が帰国後の、スリランカの様子を伝えるビデオレターを映し出す。そこでは意外な展開が待っていた。リファース君が作った小魚の節は地元の漁師の間でも評判となり、それとの物々交換でリファース君は鰹を得ていると言う。午前中は漁に出る必要がなくなり、勉強に勤しんでいるらしい。さらにリファース君が作ったと言う鰹節が大茂氏の前に差し出される。その削り節を感激の面持ちで試食する大茂氏。文句なく合格点の出来。日本の匠の技術が、遠いスリランカの地に根付いたことを告げる瞬間だった。

■タイ北部の首都チェンマイから、さらに車で4時間の所にあるカレン族の村。そこに住む11歳の少女、ワーンちゃんの願いも切実である。村民わずか160人余りの小さな山間の村の子供達は、その日に家族が食べる分のお米の精米の為に、毎朝4時半に起きて、なんと2時間かけて臼に入れた玄米を棒で搗いて脱穀すると言う。幼い子供達にはかなりの重労働である。そこで日本から、水車大工の野瀬秀拓(57歳)氏が派遣された。川の流れを利用した水車の動力を使って、臼の中の玄米を搗くという作戦だ。

野瀬氏は早速村内を散策。すぐさま水車の設置に最適な川が見つかった。水車には十分に乾いた木材を使う必要がある。幸い最適な廃材もすぐに入手できた。村の男性有志数人も作業を手伝ってくれる。中でも副村長のインケーオ氏は手先が器用で頼りになる助手となった。

途中、道具のノミの柄が折れるアクシデントに見舞われるも、近くにある倒木の枝をすぐさま柄にして、何事もなかったように作業を続ける野瀬氏。その咄嗟の機転は、あらゆる場面で発揮された。

川に水車を設置する日、年に一度あるかないかの大雨に見舞われ、土台の脆さを知ると、急遽石を積み上げ土台を強化。水流がそのままでは弱いと知れば、水車の回転速度を上げる為に、より上流の川の水を長さ8mの雨樋で渡し、川面より高い所から水車へと流し込む。とにかくどんな事態に遭遇しようとも、長年の経験知を駆使して、その場にある物を使って難なく切り抜けてしまうのだ。その職人の知恵には舌を巻く。まるでアクシデントを楽しんでいるかのようにも見えて、痛快ですらある。

釘を一切使わない水車の工法も、匠の知恵の集積である。例えば六分割できる水車の本体は、壊れた部分だけを交換すれば良い。木の性質を知り尽くし、利用し尽くしたその工法は、大学で木工を囓った私にとっては感嘆の極みである。さらに野瀬氏は、子供達の遊び道具にと、空いた時間を利用して竹馬も作ってしまう。何をするにも、楽しくてしょうがない、と言う感じなのだ。イマドキ、こういう人って珍しくないかい?

さて、水車稼働の日は村人総出で水車、及び水車小屋をセットアップ。子供達も張り切って運搬作業を手伝った。トドメは、夜間に精米をする人の為、照明用電源に簡易型水力発電装置まで設置してしまう野瀬氏の心配り。もうこれには感動のあまり言葉がない。

いよいよ待ちに待った水車の稼働である。川の水が雨樋を伝って水車に落ち、足下の川の流れも相俟って、水車が勢いよく回転し、その動力が棒を伝って水車小屋の臼の玄米を搗く。臼の玄米が搗かれた直後の、少女ワーンちゃんの喜びの表情が忘れられない。

スタジオではその後の村の様子を伝えるビデオレターと共に、ワーンちゃんからの手紙が紹介された。それには村の人々全員が元気なこと、朝の重労働から解放され、ぐっすり眠れるようになったこと、勉強にも頑張っていること、などが、野瀬さんへの感謝の言葉と共に綴られていた。やはり感激の面持ちの野瀬氏。「村の人々のお役に立てたら嬉しい」と彼の口をついて出た言葉はあくまでも控え目だった。ひとつのことを長年に渡って地道に続けて来た人の、なんと謙虚な言葉だろう。

どんな美辞麗句よりも重みがある。必要としている所に、必要な手助けを。これが本来の国際協力の在り方だろう。大茂氏の鰹節製造の技術は確実にリファース君に引き継がれたであろうし、二人の間には言葉を超えた深い信頼関係が見て取れた。一方、野瀬氏の名前は、水車小屋の入り口に、村人によって誇らしげに「精米所 野瀬」と現地の言葉で綴られ、掲げられていた。竹馬を見事に乗りこなす少年の姿もあった。テレビの企画だが、多少の演出上の脚色を考慮に入れても、日本が誇るべき二人の職人が、海外で立派な仕事をやり遂げた一部始終が十分に伝わるレポートだった。素直に感動した。思わず出張先のホテルから電話をかけて来た夫に、その感動を熱く語ってしまったよ(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)