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ノーベル賞受賞に経済力は関係なし?!

今年は日本人のノーベル賞受賞者が一気に4人も出て(物理学賞:南部陽一郎氏(87歳)・益川敏英氏(68)・小林誠氏(64)、化学賞:下村脩氏(オサム,80))巷の話題をさらっている。内2人は50年近く前に米国へ頭脳流出してしまった科学者だ。

そのノーベル賞に関し、定期購読している日刊タブロイド紙『サンケイ・エクスプレス』で面白い記事を見つけた。「今、何が問題になっているのか」と言うレギュラー・コラムなのだが、10月10日付の記事では今回のノーベル賞受賞者と我が国の経済力との関係について言及している。歯止めのかからない日本の国力の低落傾向に、今後の優秀な人材輩出を悲観する論調が目立つからだろうか?

記事の冒頭では我が国の低落傾向を具体的な数字で列挙して見せている。

■世界経済フォーラム(WEF)が8日発表した「世界経済競争力ランキング」で、日本は07年から順位をひとつ下げ、9位。07年10位だったオランダが8位に入り、その後塵を拝することになった。

長く世界一だった政府開発援助(ODA)実績は、米国、英国に抜かれ、07年にはドイツ、フランスにも抜かれて5位に転落した(経済協力機構(OECD)調べ)。

国内では「生活が苦しい」と感じている世帯が6年連続で増え、07年は過去最高の57.2%だった(厚生労働省の国民生活基礎調査)。

今年8月の貿易収支は、3240億円の赤字となった(財務省の貿易統計速報)。年末年始が休みの1月を除いての単月赤字は1982年以来。米国の黒字減らし圧力でもどうにもならなかったものが、原油高騰と対米輸出の落ち込みであっさりクリアされてしまった。

■OECDの教育の調査では、加盟各国の2005年の国内総生産(GDP)に占める教育への公財政支出割合は、日本は3.4%で、比較可能な28カ国中最下位(先日の辛坊氏のテレビ解説によれば、高度経済成長期?に国家予算に占める割合は、社会保障費が約12%、教育費は約14%だったのに対し、近年は社会保障費が実に50%近く、教育費は約9%となっている。他国に例を見ない高齢化社会の進展で、社会保障費が国家予算の大半を占める現状は、「未来への投資」である教育予算を圧迫する結果となっている。高等教育への学生ひとり当たりの公費負担もトップのスウェーデン14,000$の半額に近い8,000$弱で、調査対象国の平均値にも満たない。グラフを見ると東欧のスロバキアより下だった。【追記】日本の大学進学率は50%強で、世界で33位だそうだ。因みに1位は92%の、あの教育立国フィンランド、2位韓国と続く)

それに対して、記事はこう続けた。「もっとも、ノーベル賞受賞が決まった4人は、日本経済の絶頂期より前に結果を出していた

■化学賞の下村脩氏は、オワンクラゲから緑色蛍光タンパク質(GFP)を取り出し、1961年、紫外線を当てると、このタンパク質が明るく輝くことを発見した。

■物理学賞の南部陽一郎氏は、1960年、粒子と反粒子の「対称性の破れ」につながる基本理論を数式化し、現在の素粒子理論の基礎を構築した。

■同じく物理学賞の小林氏益川氏は、1973年、「対称性の破れ」について、基本粒子のクォークが少なくとも6種類あるという理論で説明することに成功した。

特にコラム筆者は、留学生が希有だった50年も前に渡米した南部、下村両氏の苦難を想像し、その気概を称え、「優れた研究者の輩出ということで将来を心配するならば、国力うんぬんより、彼らのがんばりを見習いたい」と結んでいる。

「日本人万歳!」と言う大合唱の中で(そもそも人生の大半を米国で過ごし、永住権も取得している頭脳流出組のお二方に、日本人としての栄誉はどれほどおありなのだろうか?寧ろ一科学者としての充実感に浸っておられるのでは?日本のメディアの取材攻勢に、戸惑っておられるようにも見える。)、個人の気概の重要性に言及したのは面白いと思った。

奇しくも深夜の経済ニュース番組「ワールド・ビジネス・サテライト」では、渡辺トヨタ自動車社長が「いつまでも、どんなときでも、健全な危機意識を持つ」ことが、危機を乗り切る処方箋だと言い切っていた。ひとりひとりがそうした心持ちでいること、結局は何事も、個人の頑張りに係っているのかもしれない。凹んでなどいられない。

ただ「個人の気概」で気になるのは、豊かな時代に育った世代に、ノーベル賞世代が持っていたような”負けん気”や”粘り強さ”、”大志”と言った気概があるのか?と言う点である。経済的豊かさによって逆にハングリー精神が失われてしまったことが、世界の厳しい競争にさらされた時にマイナスになりはしないかと心配だ。それともハングリー精神に代わる何かを、新世代は獲得したのだろうか?

私個人の意見としては、傑出した才能の輩出は個人の気概に委ねるとして(天賦の才も”選ばれし者(gifted)”としての自覚が本人になければ花開かないのでは?)、天然資源の乏しい小さな島国が生き残る為には、国民ひとりひとりが貴重な人材であり、全体の底上げが必要だと考えている。その為には公教育にもっともっと予算を割くべきだ。公教育の充実こそが、日本の将来の浮沈を握っている。現状は政府があまりにも公教育を蔑ろにし過ぎていると思う(実際、子供を育てていて教育費の負担の大きさをヒシヒシと感じる)

【2か月後…】

折りしも12月8日現在、ノーベル賞授賞式出席の為、受賞者(南部氏は奥様の体調不調の為欠席)はスウェーデンへ渡航中。受賞者のひとりは「私にとって南部氏は憧れの人だった。全体の底上げももちろん大事だが、彼のようなスーパースターも必要」と訴えておられた。結局、スーパースターの発掘育成全体の底上げも共に国家の責任の下に力を入れるべきと言うことかな?そのどちらに関しても、現在の日本の教育政策では欠けているということなんだろう。国は受賞者の言葉に真摯に耳を傾けるべきだ。

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