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2009年4月

『同情するなら助けてくれ』

タレントの清水由貴子さん(49)が、父の眠る霊園で自殺したニュースは衝撃的だった。

「タレント清水由貴子が21日、父が眠る静岡県内にある冨士霊園で死亡しているのが発見された。49歳だった。調べによると、午後1時30分ごろに清水さんと母親が倒れているのを、霊園の職員が発見。救急車が駆け付けたが、清水さんはすでに死亡していた。母親は意識不明のまま病院に運ばれている。死因は自殺とみられている。

 清水さんは、1976年2月18日のテレビ番組「スター誕生!」で、ピンクレディーを上回る評価で大会最優秀賞を受賞。77年3月1日に「お元気ですか」で歌手デビューしていた。同期の高田みづえ、榊原郁恵とは「フレッシュ三人娘」と呼ばれて、人気を博していた。その後も、お母さん役としてドラマやCMで活躍していた。」(『ニッカンスポーツ・コム』)


その日は雨が降っており、 「父の墓前で横向きに倒れた状態で死亡していた彼女の傍らには、車椅子に乗った母(80)が呆然としたまま雨に打たれていた」と言う。 「『迷惑をかけてすみません』『消防署に知らせてください』と大きな字で書いた紙2枚が見つかった」「清水さんの死亡推定時刻は前日の午後5時頃。母親は息絶えた娘をどうすることもできず、一昼夜をともに過ごしていた」(以上、引用文は4/23付サンケイ・エクスプレスより)。その情景を想像するだけでも胸がしめつけられる。


私と同世代で、しかも華やかな芸能界に身を置いていた女性が、老母の介護の為に仕事を辞め、最後は自ら死を選んだことに心底驚いた。その後の報道を注視しているが、概ね以下のような論調である。

・清水由貴子さんは父亡き後、女手ひとつで彼女と妹を育ててくれた母を心から愛し、長年糖尿病と腎臓病を患い、近年は失明し車椅子生活となった母を献身的に介護していた。
・母の介護と仕事の両立に悩んだ末に2006年に、デビュー以来所属していた芸能事務所を辞め、実質芸能界を引退した形になっている。最近は母をデイケア施設に預け、パートの仕事に従事していた。
自殺の原因は介護疲れか。温厚な性格で近所の人々とも良好な関係を築いており、母子の仲睦まじい姿を何度も目撃されている。基本的に在宅介護だが、デイケアをはじめ公的介護サービスも受けており、関係者には介護疲れを訴える様子はなかった。自殺の前日も母と妹と3人で食事に出かけ普段と変わらない様子だった。しかしパート契約の更新はしないと妹には話していた。

母親想いの彼女はマスコミで手放しで賞賛され、その痛ましい死は同情されている(本当はもっとワガママでも良かったのに。優し過ぎたんだね)。代わる代わる専門家が登場しては、介護問題を講釈する。 「介護の問題を解決するには国の介護保険ではダメで、地域で取り組む仕組みを作る必要がある。家族だけの介護は限界だ」(日向野春総・常楽診療所長、精神科医)。しかし、それで良いのだろうか?彼女の死を美談仕立ての悲劇としてこのまま終わらせてしまっていいのだろうか。他の下らないニュースと同列に一過性のニュースとして読み流していいのか。

(私の目配り不足かもしれないが)どのマスコミも「問題提起」だけで、「問題解決」の方向性を具体的に示してくれていない。かつては「老老介護」が問題視されたが、今回の清水さんのようなケースは「シングル介護」とも言われ、未婚であるが故に精神的・経済的支え手が少なく、「出口の見えない介護生活」に将来を悲観し、絶望してしまいがちだと言う。

ちなみに政府調査では、2007年には在宅介護者から265人の自殺者が出たと言う。さらに4人にひとりが鬱症状を訴えていると言われている。

その苦しみを公に訴える場所も殆どない。プロである介護ケアの担当者らは、個々の介護家族が悩みを吐露する受け皿にはなっているが、その思いを集約し、世に訴えて、介護問題を社会的緊急課題として世論形成する圧力装置にはなっていない。介護問題に直面し、苦闘している人々を先導し、解決に向けて具体的に効力を発揮できるはずの国や地方自治体、企業へ働きかける役割を担うべきは、誰あろうマスコミではないだろうか?

「酔っぱらって裸になっちゃっただけの」草薙君を追いかけ回すヒマがあったら(←これは経済的損失を拡大するだけの、社会にとって何の役にも立たない行為) 、本来貴重な働き手であったはずの人々を家庭に閉じ込めてしまう、社会的損失の大きな「介護問題」の解決に繋がるような働きを少しはしたらどうなのだろう?

テレビ報道を見る限り、介護による社会的経済的損失に着目し、国や企業が解決に向けて動くべきだと提言した、『ニューズウィーク日本版』編集長の竹田圭吾氏のコメントが一番私の心に響いた。確かに介護する人々の苦悩や愚痴を周りの人間が聞くこと(私もここ数年父を介護する母の愚痴をずっと聞いて来た。中学の時には認知症の祖父が垂れ流した糞尿で汚れた自宅の廊下を拭き掃除したなあ)は多少の救いには繋がるかもしれないが、それだけではまだ不十分で、根本的な問題解決には至らない。もっとドラスティックに問題を解決するには、国民全体で介護に対する問題意識を共有し、社会全体でその責務を負うようなシステム作りをする必要がある。その為には国や企業も積極的にその作業に関わらなければダメだと思う。

具体的には(私が思いつく限りでも)
(1) 男女問わず、親族に要介護者が出た時に迷うことなく介護する権利が与えられること。或いは、介護を代替する要員を確保できること。
(2) 介護者が介護に従事しながらも自分自身の為の時間を持てる環境、十分な休息が取れる環境、さらには介護者同士及び介護者と周囲の人々が精神的に支え合う環境を作ってあげること(定期的に集い、語り合う場を設けるなど)
(3) (1)、(2)が当然の権利として社会的に認知され、保証されること(←介護に直接当たる機会のない人間も、介護者の立場を理解し、介護者の権利を認め、それを手助けすること)
(4)そうした仕組みを、社会的経済的損失を最小限に抑える形で、国や企業が支援すること。

自分を産み育ててくれた老親、長らく日本社会に貢献して来た老人に恩返しすることは人間の道理として当然だし大切なことだが、だからと言って、その為に若い世代が自らの人生を犠牲にするのは理不尽である。現状は、あまりにも個人に介護の負担を強いており、個人の人生を犠牲にし過ぎている。それは介護される側の立場から見ても酷である。このままでは「長生きすること」に罪の意識を負わされかねない。それが超高齢化社会である日本の最大の問題だと思う。

考えてみると、映画『楢山節考』にも描かれた「姥捨山」の存在は、老人介護の問題が昔からあったことを意味している。貧しかったが故に、衰弱した老親を山に遺棄せざるを得なかった昔。経済大国となり、食生活の向上、医療技術の発達で世界に比類ない高齢化社会となり、老親を長期間介護することが当たり前となったが故に、様々な問題が生じている現代。皮肉な話である。

個人的には脳死状態に陥った父の延命治療を巡って、最近兄弟とケンカしたこともあり、人生の終末期において人間はどうあるべきかについて考えていたところなので、今回の清水さんの一件は心にズシンと来た。最後に清水さんのご冥福を心から祈ります。

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フロスト×ニクソン(FROST×NIXON)

「ウォーターゲート事件」だけでは語れない
リチャード・ニクソンという人物像
 80

映画の本筋とは離れるが、アメリカ合衆国大統領経験者はホワイトハウスを去った後も、生涯プレジデンシー("The Presidency";大統領職の地位と名誉”とでも訳しましょうか?)を背負い続けるものなんだなあ…と言うのが、この映画を見て、まず感じたこと。

劇中、既に引退したニクソン氏を、誰もが「Mr. President」と敬称で呼ぶのが印象的だった。それは傍目にも、その職務の重みをヒシヒシと感じる瞬間である。だからこそ、米国及び米国民は、大統領職への背信とも取れる犯罪スキャンダルでの辞職を許せなかったのだろう。彼は大統領経験者でありながら、死去の際、国葬は執り行われなかった。

本作は、第37代アメリカ合衆国大統領リチャード・ニクソン氏が、ウォーターゲート事件をきっかけに自ら大統領の職を辞した後、汚名にまみれた自身の名誉を回復し、政界復帰を期すべく臨んだインタビューを巡る物語である。既に結果は出ている話なので、物語の結末がどうこうと言うより、息詰まる対決のプロセスを楽しむタイプの作品だと思う。

この映画が描かれた時代を私の個人史に重ねてみると、私が中学生の頃の話である。こうしたインタビューが行われ、それがニクソン氏の政界復帰を絶望的なものにしたことを、この映画を見るまで私は知らなかった。そもそも、「ウォーターゲート事件」でさえ、それが現職大統領を辞任に追い込んだ、米国政治史上特筆される大事件であったことも、記憶の彼方に押しやられた格好だ。はて、「ウォーターゲート事件」って、どんな事件だったっけ?

◆「ウォーターゲート事件」(ウィキペディア):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%88%E4%BA%8B%E4%BB%B6

上記リンクのウィキペディアには事件の経緯が詳細に紹介されているが、かいつまんで言えば、

ウォーターゲート・ビルに入居していた民主党本部に盗聴器を仕掛けた侵入犯とニクソン大統領との関わりが、マスコミの追求によって明らかにされ、大統領が任期途中で辞任に追い込まれた事件、である。

この事件をマスコミの側の視点から描いたのが、ダスティン・ホフマン&ロバートレッド・フォード主演の映画『大統領の陰謀』(1976)(→http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=13725)。傑作の誉れ高い同作だが、事件発覚から僅か4年後の公開で、あくまでも事件記者の視点から描いた作品であることを考慮すれば、謎解きミステリードラマとしては面白いのかもしれないが、「ウォーターゲート事件」の全容を理解するには不十分なのかもしれないと、今回、本作を見て思った(因みに、当時再選確実と言われたニクソン陣営が、なぜ民主党本部へ盗聴器を仕掛けたのかは、未だ謎だそうである)。「歴史的事件」と称される過去の大きな出来事や歴史上の人物について公正な評価を下すには、さまざまな角度から慎重に検証を行う必要があり、その為にもそれ相当の長い歳月を要するのではないだろうか?

70 私は特に感銘を受けた作品、内容をより深く理解する為に、その背景を知りたいと思った作品は、鑑賞後にパンフレットを買うことにしているが、本作は何れの理由にも当てはまるので、迷うことなく買い求めた。このパンフレットの類は、その販売形態の特殊性から、書店で本を買うのとは勝手が違って中身をチャックすることなく買うしかないせいか、結構当たり外れがある。本作のパンフレットはなかなか読み応えのある内容で、映画の内容を十分に補完するものだった。大当たりの部類に入ると思う。

そのパンフレットで、映画では詳しく語られていないニクソン氏の生い立ちや彼の政治家としての業績、さらにニクソン時代に対メディア戦略の重要性が認識されたあらましが、数人の書き手により紹介されている。

【生い立ち】

1913年、米カリフォルニア州生まれ。学業成績優秀。討論会でも連続優勝し、加州のハーバードクラブから万能優等生の賞を受け、ハーバード大学の奨学金を得る。しかし、貧しい雑貨商を営む彼の両親はボストンまでの渡航費と生活費が用意できず、彼はハーバード大への進学を断念し、近隣の大学に通う。

【政治家としての業績】

特に外交手腕を発揮し、デタントと呼ばれる国際間の緊張緩和に大きな貢献を果たした。晩年はレーガン大統領の陰の使者として北京・モスクワを訪れて米外交を支えた。

・中華人民共和国との関係正常化
・ソ連とのSALTI(第一次戦略核兵器制限条約)締結
・前政権から引き継いだベトナム戦争からの完全撤退
・$と金を切り離し、変動相場制へ移行
・環境省を設立

【マス・メディアとニクソン氏】

・1952年、アイゼンハワー大統領の副大統領候補に選ばれた際、政治資金疑惑で窮地に立たされたが、全国ネットのテレビ放送での演説(その時一緒に映った犬の名前にちなんでチェッカー演説と呼ばれる)で、起死回生に成功した。
・1960年、自身初の大統領選では当初接戦であったにも関わらず、対立候補のケネディ氏とのテレビ討論で、テレビ・メディア戦略に長けたケネディ氏に大きく差をつけられたのを機に、選挙でも敗北を喫した。
・1968年、再び大統領候補となった際には、テレビ生番組への出演やCMの大量出稿等、テレビを積極的に活用し、その戦略が奏功して大統領選に勝利した。以後、記者会見は嫌う一方、直接国民に呼びかけるテレビ演説を好んで行った。

45_3 本作は舞台劇の映画化である。フロスト、ニクソン両氏のインタビュー対決シーンに時間の多くが割かれてはいるが、時折挟み込まれるそれ以外のシーンに、映画ならではの味付けがなされていて興味深い。例えば、両者のブレーンを交えた戦略会議や、「カサ・パシフィカ」と呼ばれるニクソン氏の別邸、当時の芸能界を代表するセレブが顔を揃えたフロスト氏のバースデイ・パーティ等の描写、さらにニクソン氏がピアノを弾くシーンや動物との何気ない触れあいを描くことで、フロスト、ニクソン両氏の人となりや心理状態、インタビュー対決の楽屋裏での奮闘が手に取るようにわかる作りになっている。

45 一部フィクションを盛り込んで劇的効果を高めてはいるが、歴史の1ページとして記憶されただけのフロスト×ニクソンのインタビュー対決が、それから32年後の今、こうして目にできるのは素晴らしいことだと思う。4日間に渡るインタビューで3日まで圧倒的優勢に立っていたニクソン氏が、4日目にあっけなく形勢逆転される点が腑に落ちないとの映画評を目にしたが、私が思うに、常に攻撃する側、優位にある側の人間が、不覚にも守勢に回った時には、驚くほど脆いものなのではないだろうか?往々にして攻撃な態度、強気な姿勢は、自らの弱さをひた隠す為の方便であったりするものだと思う。

またしてもメディアの魔力(フロスト氏の方がそれを使いこなすことに長けていた!)に敗れたニクソン氏だが、それだけで彼の業績が全否定されるのは酷過ぎる。「大統領」と言う米国最強の権力を一度は手にしたはずのニクソン氏の、弱さも含めた人間的側面を描くことで、彼への同情や共感を呼ぶ作品に仕上がっているのが、この作品の面白いところだろうか?

45_2 また生粋のテレビ人であるフロスト氏の、さらなる成功への鍵を見つけ出す嗅覚の鋭さ(当時、誰もが「無謀な挑戦」と、企画への出資には消極的だったのだから)と、インタビュー対決での圧倒的不利に動揺するブレーンを一喝する力強さ~自らを信じる力と仕事への集中力、大博打に打って出る神経の図太さ~には舌を巻く。やはりただ者ではない。その強気な策士ぶりが、彼を大逆転勝利に導いたのかもしれない。その鮮やかな逆転劇(それまでは苦労の連続だが)は、約30年前の夏の甲子園において、対豊見城高校戦で9回裏に、当時東海大相模高校の中心選手だった原辰徳・現巨人軍監督がホームランを放ってチームを勝利へと導いたシーンを、ふと思い出させもした。生まれながらに運を自らに引き寄せる強運の持ち主が、歴史を作ると言えるのかもしれない。

◆映画『フロスト×ニクソン』公式サイト→http://www.frost-nixon.jp/

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最近のマスコミ報道を見て、感じたこと

■某国の衛星打ち上げを巡る、日本政府とマスコミの反応について

過剰反応だと思う。マスコミが不安を煽るように騒ぎ立てれば立てるほど、夫や私のマスコミへの視線は冷ややかになった。果たして、あっけなく衛星を載せたミサイルは発射され、日本領土内に落下することなく、日本海と太平洋上に落下した。

仰々しい迎撃ミサイルの配備には違和感を覚えた。そのことを会見で喜々として語っているようにも見える役人や政治家。まるでミサイルの到来を待ち望んでいるかのようにも見える。好戦的だなあ。道具は持っていたら、やっぱり使ってみたいものなんだろう。その先に戦争の影が見え隠れするのが怖い。

そう言えば、オバマ大統領が就任後、他国に先んじて呼ばれたのは、我が国の麻生総理っだった。それが米国の対日重視の現れだと単純に喜ぶ総理の姿が滑稽だった。もしかして、この時、米国の兵器をもっと買うよう促されたのではないかと穿わずにはいられない程、今回は迎撃ミサイルのマスコミ露出が多過ぎる。

その懸念は、大不況の克服に常に戦争が利用されたことを、歴史が物語っていることに依拠する。日本の大財閥の出発点も、日露戦争での武器商人だったと聞く。

今回の一件での、日米英の国連安保理決議への働きかけは功を奏していない。拒否権を持つ常任理事国の中国とロシアが静観の構えだからだと言う。一方マスコミは「全世界が非難する中、ミサイル打ち上げが行われた」と言う。

「全世界」とはどこを指すのか?少なくとも、「全世界」の中に中国やロシアは含まれていない。似たような定義の曖昧さは、例えば「グローバル・スタンダード」と言う言葉にも見られる。ここで言うグローバルは、実体的に必ずしも「全世界」を指すのではなく、「米国」を指しているのは明白である。この国はいつまで、「米国」と言うフィルターを通してのみ「世界」を見ようとするのだろう?

かくして、私は政府やマスコミに対して懐疑を深めて行く。

■献金疑惑を巡る小沢氏と民主党の対応について

小沢氏はかつて自民党の中枢にいた人で、私には旧来の自民党を引きずった人にしか見えず、野党の党首としての清新さが一切感じられない人だ。それなのに、二大政党制を目指す民主党員は、ケチのついた小沢氏に今もなおつき従う。特に一部幹部の執着ぶりは理解し難いほどだ。本当に政権奪取を視野に入れた政党なのだろうか?個々に光る人材は散見されるものの、もとより民主党には殆ど期待してはいないが。党員間のポリシーは統一感に欠け、自民党との明確な違いも見いだせないからだ。

国民生活と政治との乖離が続く間にも、経済不況は進む。多くの国民が追い詰められて行く。他国で次々と打ち出される経済対策を報道で目にする度に、焦燥感にさいなまれる。

■千葉県知事選挙の結果について

3匹目のどじょうは果たして、いるのだろうか?M氏はその3匹目のどじょうになり得るのだろうか?元衆議院議員のM氏の議員時代の実績が全然思い浮かばない。彼は前職でどんな実績を残したのか?知名度やイメージや声の大きさだけで、県政は司れないだろう。ダブルH氏と同じ高みに、M氏は上れるのだろうか?

09040770 ただし、社会は「人」で動く。人は「心」で動く。「希望」を持つことは、けっして悪いことではない。M氏に託した千葉県民の「希望」が、少しでも千葉県を元気にしてくれたら良いなと思う。

<写真は自宅ベランダから見える満開の桜

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