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かくも複雑で哀しい人間の心理~『接吻』

Photo 4月22日(火)。今日という日に、『接吻』と言う映画を見たことを、私は忘れないだろう。

昼過ぎにテレビを点けた。山口県光市母子殺人事件の広島高裁差し戻し審の判決を受けての、遺族本村洋氏の記者会見の模様が映し出された。20代の大半を、被害者遺族として裁判に明け暮れた本村氏。本人も言われるように9年は長かった。その間、本村氏は犯罪被害者と遺族の心情と権利を、そして凶悪犯罪を生み出す社会の病理を、誰もが驚くほどの冷静さで訴え続けて来た。その口から繰り出される言葉は年々研ぎ澄まされ、深い思索に裏打ちされた正論は百戦錬磨のマスコミさえ圧倒し、中途半端な反論を許さない強さを持っている。今日の会見はその集大成とも言うべきものだった。

「自らの死を以て罪を贖うことの重みを加害者少年は真剣に受け止めて欲しい」
「被害者、加害者、両者に死をもたらす凶悪犯罪の起きない社会にするには我々がどうすべきなのか、今回の死刑判決が、そのことを考える契機となって欲しい」
既に本村氏は個人的な遺族感情を超えた次元で、社会の在るべき姿への合意形成を訴えている。そこに至るまでに、この9年間に、彼はどれだけ苦悩しながら思索を重ねたのだろう?

映画『接吻』は、アウトサイダーを自認する男女が反社会のベクトルで共振するさまを描いている。男は無差別にある一家を惨殺し、女はその男と自分とを重ね合わせ、男に一途な思いを寄せることで、自分たちを軽んじた社会への復讐を果たそうとするのである。その二人の間に立ち、社会との接点を促す弁護士(彼もまた弁護士の職責とひとりの男しての心情の間で揺れる)。この3人の心理描写が見事だ。映画は、精神的に孤独な環境が男を犯罪に走らせたわけではない、と繰り返す。それでは何が彼を犯罪に走らせたのか?その問いはそのまま現実社会に投げかけられ、誰も明確な答えを出せないでいる。

人間の心理なんて一筋縄ではいかない。そもそも恋愛感情なんて一種の勘違いから始まるものなのかもしれない。自らを理解し、思いやる存在など皆無だと孤独感に絶望した男は、人間としての感情を失った果てに殺人を犯した。その男に同じ匂いを感じ、すり寄る女。女の情にほだされて人間としての感情を取り戻す男。それが逆に女には許せない。女は本当に男のことを理解していたのだろうか?その実、独りよがりに理解したつもりになっていただけではないのか?その二人の間に割って入る弁護士。3人の思いが複雑に絡まって事態は思いも寄らぬ方向へと展開して行く。最後まで緊張感を孕んで、片時も目が離せなかった。

人間はいかにして生の充実感を得られるのだろうか?小池栄子演じる女の、殺人者への恋慕をきっかけに俄然精気を得たような様子に、複雑な思いがした。長らく戦争、紛争状態とは無縁で、日常的な死からもっとも遠いはずのこの日本で、充実した生を全うすることのなんと難しいことよ。

それにしても小池栄子。こんなに演技が上手かったとは…最近は司会業でも利発なところを見せて注目していたけれど、いやはや恐れ入りました。

◆映画『接吻』小池栄子独占インタビュー記事(yahooより):
http://movies.yahoo.co.jp/interview/200803/interview_20080312001.html


◆『接吻』公式サイト:www.seppun-movie.com/

同じく犯罪者を描きながら、米映画『ノーカントリー』の乾いた空気とは対極の、じっとりと汗ばむような湿気を感じさせる作品だ。

【他人を傷つけることに鈍感な自分への一撃】

なぜかその存在を軽んじられる人間の心の痛みを、周囲の人間は気づいているのか?薄々気づきながらも、残酷に放置しているのか?

”女”が一人旅で遠出した時に、自殺を警戒した旅館に宿泊を断られた、と言うエピソードが胸を衝く。「それが何を意味するのか分かる?この女は人生を楽しむこともないのだろう、と思われている。私のことを知りもしないくせに勝手にそう決めつけている」―”女”のとった行動の是非はともかく、こうした周囲の無責任な思いこみに”女”は傷つき、絶望し、社会を敵視するに至ったことを忘れてはいけないのだと思う。

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