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ダーウィンの悪夢(2004年、仏、オーストリア、ベルギー合作)

Photo 以前、沖縄の某観光施設で「ハブとマングース」の決闘ショーを見たことがある(映画『007 カジノ・ロワイヤル』でも確か「コブラとマングース」の決闘シーンがあった) 。マングースは外来種で元々沖縄には生息していなかったのだとか。ハブ駆除に役立てようと外から持ってきて、ハブの生息する山野に放ったのだろうか?

今しがたNHKのラジオニュースで、沖縄本島北部にのみ生息する特別天然記念物ヤンバルクイナが絶滅の危機にあると伝えていた。なんと、その原因はマングースだという。自然界は弱肉強食。マングースも毒を持ったハブを襲わずに、動きがトロいヤンバルクイナを狙うということなのだろう。人間が余計なことをすると、ほぼ間違いなく生態系を壊す、悪しき事例のひとつと言えるのかもしれない。

日経夕刊の《シネマ万華鏡》でも『ダーウィンの悪夢』というドキュメンタリー映画のレビューで同様のことが書かれていた。かつて「ダーウィンの箱庭」と呼ばれた自然豊かなアフリカ・ヴィクトリア湖に、半世紀前に人間が安易に外来種の肉食魚を放ったが為に、湖の生態系を破壊してしまったというのだ。

さらに皮肉なことに、この魚の白身をヨーロッパや日本が大量に購入する為、湖畔には一大加工産業が生み出されたと言う。映画は現地でさまざまな人々を対象にインタビューを重ね、「豊かな資源に恵まれながら貧困にあえぐ現地の人々の姿」を描き出しているらしい。記事の見出しには「グローバル化の痛み」とあり、「市場経済の拡大によるグローバリゼーションが、貧富の差を世界に拡大した」「その象徴がアフリカである」と述べている。

映画『ナイロビの蜂』『ホテル・ルワンダ』のことがにわかに思い出された。「湖に外来種を放ち生態系を破壊」と言ったら、琵琶湖のブラックバス問題も思い出される。

この種の、世の不正・不条理(特に「南北問題」)を告発するドキュメンタリー映像を目にするたびに、極東アジアの小国ながら、先進国かつ経済大国として位置づけられる”日本”に生まれ育った自分が、”搾取する側”にいることを、否応なく意識せざるを得ない。見終わった後に、どこか後ろめたい罪悪感のようなものが、心の澱となって残る重苦しさはどうしても否めない。

本作でも、同様の後味の悪さは残る。かつて短い期間ではあったが、国際協力事業の末端にいて、世界の50カ国余りの開発途上国の人々と関わりを持ち、さらにそこから離れた後も、彼らのこと、彼らの国のことを忘れまじと、国際援助団体フォスター・プランに参加し、10年間、アフリカのケニアとアジアのスリランカの子供のフォスター・ペアレントとして幾ばくかの援助をして来たことが、単なる自己満足や欺瞞や偽善に思えて、胸が苦しくなった。そうやって自分は「”いい人”ぶっているだけなのかもしれない」「罪悪感から逃れたいだけなのかもしれない」国家単位で考えても、同じことなのではないだろうか?

【お断り】

誤解を招く恐れがあるのでここで一言書き添えますが、ここでの発言はフォスタープランの活動を否定するものではけっしてありません。本作を見て、その圧倒的な悲惨さの前に衝撃を受けて、自分の行為にどれだけの意味があったのか、自問せざるを得なかったのです。もちろん何もしないより、微力でも何かをした方が良いのです。同じ人間として一番の罪深いのは、この地球上のどこかで、どれだけ悲惨なことが起きているのか知らないこと、知ろうと努力しないことだと思います。無関心は罪です。恵まれた境遇にある先進国の人間は、「誰を踏み台にしてその豊かさを享受しているのか」を知るべきなのだと思います。

最近巷間を賑わせている洋菓子メーカー「不二家」の問題。一部工場における原材料の消費期限を無視しての使用、製造商品のズサンな管理体制など、その呆れた実態が次から次へと明るみに出ている。発端の消費期限切れ原材料使用問題は、あくまでも問題の端緒でしかなく、問われているのは、消費者不在の金儲け主義という「不二家」の企業体質そのものなのだろう。社員が外部へ内部情報をリークせざるを得ないほどの病巣が会社を蝕んでいたということなのだろうか?しかし、こうした「食の安全」という先進国では一大事な事柄が、アフリカの各地で起きている、より醜悪で悲惨な状況の前では、色褪せて見えてしまう。右往左往する様は滑稽ですらある。

本作で、EUや日本向けに輸出された白身魚の残骸を干す作業をしている痩せこけた女性の足下をよく見てみたらいい。無数のウジ虫がウジャウジャと、その指の間を這っている。そして加工後の(ウジの湧いた)白身魚の残骸は捨てられるのではなく、アフリカの貧しい人々の胃袋に納まるのだ。

人は自分の身に思いがけず災難や不幸が降りかかった時、自分が”世界一不幸な人間”だと思いがちだ。”自分だけが不幸”で、周りの人間の幸福そうな姿がうらめしく思えたりするものかもしれない。しかし、実際には”不幸”は巷に幾らでも溢れかえっている。悲惨な状況は、世界を見渡せば私達の想像を絶するものが幾らでも存在する。そこには涙も枯れ果て悲しむことすらできない、ましてや明るい未来を夢見ることなど叶わない、無数の人々がいる。そして負の連鎖はさまざまな形で世界に蔓延している。

本作は2005年に山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映され、その際には映画祭側が用意した字幕での上映だったそうだが、配給会社は一般公開にあたって改めて字幕を作り直したらしい。それは本作で言及した問題が遠いアフリカの出来事ではなく、日本人とも深い関わりがあることを実感できるようにとの配慮からだと言う。果たしてどれだけの人々が、映画館に足を運び、お金を払って、この映画を見てくれるのだろうか?作り手や映画に登場した人々の真摯な思いは、できるだけ多くの日本人に届いて欲しいのだが…

【世界の過酷な現実を見せてくれる最近の映画たち】

『ホテル・ルワンダ』(ドン・チードル主演)
『すべては愛のために(Beyond Borders)』(A・ジョリー主演)
『ザ・インタープリター』(ニコール・キッドマン主演)
『イノセント・ボイス~12歳の戦場』(カルロス・バディジャ他)
『ロード・オブ・ウォー』(ニコラス・ケイジ主演)
『ナイロビの蜂』(レイフ・ファインズ主演)
『シティ・オブ・ゴッド』

(時制は2007年1月当時)

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