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映画『バベル』は観客を選ぶ?

 この作品は人を選ぶ作品なんだろう。見た人によって評価が大きく分かれるようだ。一緒に見た夫は「いまじゅう(イマイチの10倍という意味らしい)」とバッサリ。私自身、どう評価して良いのか判らない。傑作なのか?駄作なのか?はたまた問題作なのか?

 ただ、見ながらいろいろ考え、思う要素はあった。やはり自分の経験や知識や価値観に照らして映画は見るものなのだろう。だから同じ作品を見ても見る人それぞれに印象は異なる。主題からはかけ離れた枝葉末節に目が行ったりもする。例えばモロッコの風景。赤茶けた土漠の丘陵が連綿と続く。その間を縫うように走る道路。まるで私がかつて住んでいた中東の、郊外の風景そのままで懐かしさを覚える。

※ご注意!以下は映画の内容に触れています。
 
 そこで羊や山羊を放牧してつましく暮らす一家がいる。中東・アフリカの遊牧民族にとって家畜は貴重な財産である。それをジャッカルなどの野獣から守ることは重要なことだ。知人から羊数頭と引き換えに手に入れたライフル銃は、一家の財産を守る為の武器である。そこでは子どもも貴重な働き手であり、だからこそ父親は外出の間、羊の番をする二人の幼い息子達にライフル銃を託したのだった。国、住む場所が違えば、常識のモノサシも異なる。その素朴な暮らしの中で、あらゆることにまで思いを致す必要もなかったりする。しかし運命のいたずらか彼らの予想だにしないことが起き、幼子が放った一発の銃弾が異国からの旅人を傷つけてしまう。

40_2 妻が死にそうだ。早く助けを!
 ある出来事をきっかけに壊れかけた夫婦の絆を取り戻そうと旅に出た米国人夫婦。しかし、なぜその行き先がモロッコなのだ?しかも幼い子ども2人をメキシコ人乳母に託して。いかにも不機嫌な妻。その妻が凶弾に倒れ、治療もままならない異国で夫は右往左往し、理性を忘れ、周囲の人間に対して傲慢さを露わにする。


40_3
 更に間の悪いことに、夫妻の幼子を預かる乳母は翌日に故国メキシコで息子の結婚式を 控えている。代わりの乳母の手当もできずに途方に暮れる彼女。「仕方がない。迎えに来てくれた甥の車に幼子二人を乗せてメキシコへ向かうしかない。」軽々と越境する車。しかし出国は容易くも、再入国はままならない…
私はいったいどうしたらいいの… 


60_1 東京の聾唖の女子高校生。不機嫌な表情を隠そうともせず、常に挑みかかるような態度で周囲との軋轢を生んでいる。怒りを爆発させたかと思えば、逆にしなを作って異性を挑発したりする。彼女は何に怒っているのか?何を求めているのか?結局は壊れかけた心の空洞を埋めるべく他者との濃密な関わりを求めているのか?
 
 あからさまな性衝動(これには本当にビックリした。少なくとも自分の身近に彼女のような女子高校生はいないから。部活にクラブ通いとなれば、勉強どころか寝る時間もなかろう)は、愛情に飢えた末の行動とでも言うのだろうか?しかし、それはあくまでも若者が取り得る行動のひとつに過ぎないのではないか。それとも言葉でうまく伝えられない分、身体(ボディランゲージ)で伝えずにはいられないということなのだろうか?実際は聾唖という障害を持っていなくとも、言葉で気持ちを上手く伝えられない若者達(若者に限らないかもしれない)は幾らでもいるような気がする。

 クラブの喧騒の中に身を置く彼女に、その喧騒は聞こえない。狂喜乱舞する若者達の姿と明滅する照明と体感する振動とで、彼女はその喧騒を感覚しているのだろうか?―私は彼らと何も変わらない。私は彼らと繋がりたい…そんな彼女の心の叫びが聞こえて来るようだ。もちろん本当に繋がりたい相手(その存在感の希薄さも、この作品では気になるところ)は他にいる。 
  
 繋がりたいはずの相手と、なぜか上手く行かない意思の疎通、ただ幸せに生きたいだけなのに、その切なる思いを嘲笑うかのようにままならない人生―人は時に絶望しながらも、与えられた運命の下に自らの人生を生きて行くしかないのか。

 本来ならば生涯関わり合うはずがなかったであろう人々が、本作では、放たれた一発の銃弾によってその遙かなる距離の隔たりを超えて交わることになる。そして事態は思わぬ方向へと展開し、それぞれの人生を翻弄するのである。個人的に最も共感する(同情する)のはメキシコ人家政婦に、であろうか。イニャリトゥ監督の前作『21グラム』も、スケールの違いこそあれ、本作と似たようなテイストの作品だったような…ただただ嘆息。

【追記】
 『バベル』は見て楽しい映画ではない。見終わった後の足取りは重かった。結末に仄かな希望を見出す人もいるようだが、私は映画館で目にした物語の結末よりも、登場人物の内の何人かの、その後の物語への想像が膨らんで、胸が苦しくなった。禍転じて福となった人はいい。身内との絆の回復の糸口を掴めた人はいい。しかし、長年の苦難の末に築いた生活基盤を全て失ってしまった人や、愛する者を失った人、重い十字架を背負ってしまった人のことを想うとやりきれない。たとえ、それが映画の世界(虚構)の人生であったとしても。

 5月7日付、日経の夕刊文化欄に、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督へのインタビュー記事が掲載されていた。見出しは「我々を隔てるのは先入観」。以下はその記事を私なりに(勝手に(^_^;))再構成したもの。()内は、記事を読んでの私の個人的感想。

 イニャリトゥ監督はメキシコに生まれ育ち、20代からラジオ局のDJやディレクターとして働き、その才能をハリウッドに認められて、2001年の同時多発テロの数日前にLAに移住(何という巡り合わせ!)したらしいが、正式に映画制作について学んだことはないと言う(だから制作セオリーに囚われない、少々荒削りながらも個性的な作品が生み出せるのだろうか)
 その後ビザの更新のために国境を何度も行き来する中で、偏見が引き起こすトラブルを見聞きしたという。米国で子守に雇ったのは、7度目で国境突破に成功したメキシコ人女性(メキシコ人家政婦のエピソードは監督個人の見聞や経験が生かされているのか?)
 「これまで宗教や経済、人間の様々な考えがほかの文化を浸食するのには何年もかかったが、今はそれがごく短時間に起きる」
 「我々を隔てるのは言葉ではなく先入観」(確かに色眼鏡で人を見たり、物事を判断しがちだなあ…)。 
 グローバル化した世界の影の部分を見据えた『バベル』。6カ国語を話すスタッフや出演者と1年以上、3つの大陸を移動してのその撮影体験は、「とても奥深い人間的な旅だった」
 悲劇的な物語の結末にかすかな希望を滲ませたのは、撮影を通して 「コミュニケーションは違いを乗り越え生きるためにあるのだと勇気づけられた」から。
 メキシコ時代は番組の登場人物を創作し、挑発的な物語を作り
 「ものを書くことを学んだ。僕らの番組は流れる歌ではなく、歌と歌の間の出来事がすごい人気だったんだ」(見る者を戸惑わせる挑発的な物語の源泉はここにあったのか?!)
 今後は?
 「ハリウッドの大作でも映画を作る姿勢は変わらない。インディペンデントの精神で撮り続ける」
 
 これからも目が離せませんな―イニャリトゥ監督。 

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