« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »

2007年4月

構造的な問題を描く~ブラッド・ダイヤモンド(BLOOD DIAMOND、米)

60  映画界が近年”アフリカ”ブームであることは、本作プログラム中の記事にも指摘があった通りである。私が見ただけでも、『ザ・インタープリター』『ナイロビの蜂』『すべては愛のために(Beyond Borders))』『ダーウィンの悪夢』『ロード・オブ・ウォー』『ラストキング・オブ・スコットランド』そして『ホテル・ルワンダ』と、アフリカが抱える問題を真正面から捉えた、或いはアフリカを舞台に繰り広げられる凄惨なドラマが目白押しだ。これは何を意味するのだろう?近現代国際社会の歪みが最も端的に顕われているアフリカの地が、ドラマ的要素を多分に持っていることの証明なのか?或いはアフリカから搾取を続ける側の良心の疼きが、世界にアフリカの惨状を伝えずにはいられないのか?それがせめてもの罪滅ぼしのつもりなのか?正直言って『ラストキング・オブ・スコットランド』まで見たところで食傷感が否めず、もう”アフリカもの”はしばらくはいいかなと思ったくらいである。ところが本作は、そんな私の心を再び揺さぶったのだった。全編2時間23分という長尺を感じさせない緊迫感で、終始私の目を釘付けにした。 

 タイトルの『ブラッド・ダイヤモンド』とは別名”紛争ダイヤ”とも言われ、アフリカの紛争地帯において革命軍等の軍費調達の手段として利用されているダイヤのことを指しているのだそうだ。その出自を隠す為に複雑なルートを経て、正規ルートのダイヤの中に紛れて世界中で販売されて来たと言うから、自分の持っているダイヤモンドが紛争ダイアである可能性だって否定できない。仮にそうであれば、間接的ではあるにせよ、アフリカの紛争に加担したことになる(紛争のピーク時には市場に流通するダイヤの約15%が紛争ダイヤであったとの説もある)。2000年にはこの紛争ダイヤを世界市場から排除すべく、国連主導で”キンバリー・プロセス”という、流通するダイヤが紛争ダイヤではないことを証明する制度も設置されたが、今もなお紛争ダイヤは巧妙に市場に紛れ込んでいるらしい。

紛争ダイヤQ&Ahttp://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=994
キンバリー・プロセスとは:http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=996
                        

Photo_3  本作の主な舞台となったシエラレオネは、ギニアリベリアに囲まれた大西洋に面した西アフリカの小国である。

 この記事を書くに当たってシエラレオネについてネット上(日本語のみ)で調べてみると、検索エンジンで「シエラレオネ」と指定してもあまり有用な情報が出て来ないのに対し、「紛争ダイヤ」ではいろいろ出て来た。シエラレオネという国が「紛争ダイヤ」問題を通して語られることの多さに正直驚いた。
 
 遠い記憶を辿ると、意外にもシエラレオネとは個人的な接点があったことを思い出した。もう20年以上も前のことである。当時仕事の関係で、ひとりのシエラレオネ人女性と出会ったのだ。彼女は当時のシエラレオネ政府から派遣された技術研修員。身の丈は180㎝はあろうかという、小柄な私から見れば見上げるような大柄の女性で、いつも色鮮やかな民族衣装を身にまとい、頭にも共布のターバンを巻いて世界各国からの研修員の中でも目立つ存在だった。自信たっぷりな言動で、快活に笑う女性だったように記憶している。彼女は2カ月後には日本での研修を終え帰国の途に着いた。その数年後にシエラレオネは長く凄惨な内戦状態に陥ったのである。今回の映画の舞台がシエラレオネと聞いて彼女の近況が気になるところであるが、残念ながら今の私には知る手だてがない。

シエラレオネについて:http://www.jca.apc.org/unicefclub/unitopia/2002/Sierra.htm
■世界で一番寿命が短い国:http://www.ochanoma.info/sc_diamond.html

 今にして思えば、神様はアフリカに対して残酷な贈り物をされたものだ。象牙、石油、ゴールド、そしてダイアモンドと言った豊かな天然資源は、アフリカの人々を幸福にするどころか、それが生み出す富を巡る争いの渦中に人々を巻き込んでしまった。しかも富に群がる者達は、アフリカの人々から豊かな恵みを搾取する構造を巧妙に作り上げてしまったのだ。これは既出の『ナイロビの蜂』でも描かれたように、人の命を踏み台に一部の人間が巨万の富を得る極めて不公正なシステムの中に、アフリカが組み込まれてしまったことを意味している。そして15世紀に始まった欧州諸国によるこうした搾取構造は、欧州の列強がこぞってアフリカの土地を奪い合った帝国主義時代に強化されたのだ。そして第二次大戦後には搾取する側に米国も加わった。

 ”彼ら”欧米の列強がアフリカに対して行って来た仕打ちの一端は、負の遺産としてアフリカの人々に継承され、本作のそこかしこに散見される。資源を不当に搾取するのも彼ら。紛争に使用される武器を供給するのも彼ら(国連常任理事国すべてが強大な武器輸出国であるという皮肉!日本は完成品レベルで武器輸出を一切行っていないことを誇りに思うべきである。事実、私が中東駐在時、現地の人々にそのことを賞賛された。残念ながら今後はどうなるか分からないが)。本作には政府軍の抵抗勢力としてRUF(革命統一戦線)が登場するが、腐敗しきった政府へ反旗を翻すレジスタンスが、必ずしも国民の味方とは限らない。これは政府軍も同様で、内乱末期にはそれぞれの軍によって国民の殺戮が行われたと伝えられている。劇中、RUFがのどかな漁村を襲撃し、捕らえた住民の片腕を情け容赦なくナタで切り落とした後に放った言葉は辛辣だ。「これ(恐怖支配の一環として、見せしめに一部の人間の腕や足を切り落とすこと)はベルギー人が始めたことだ」。
 40_1          

 今もなお世界に数十万人はいると推定される”少年兵”の描写も心をえぐる。RUFは年端もいかない子供達を無理矢理親元から奪い去り、残酷な手法で洗脳して殺人マシーンへと仕立て上げて行く。襲撃する村々で、女・子供・老人関係なく銃撃・殺戮を繰り返す少年兵ら。その表情には迷いがない。戦闘の合間にはアメリカのヒップホップ音楽をBGMに酒を飲み、タバコを吸い、トランプゲームに興じている。さらにドラッグ漬けにされた姿は衝撃的だ。これはけっして誇張ではなく、ほぼ実態に即したものだと言う。しかも少年兵はアフリカだけの問題ではない。世界の紛争地域の至る所で、彼らの姿は目撃されるのだ。例えば中南米の少年兵の悲劇は、エルサルバドルを舞台にした映画『イノセント・ボイス~12歳の戦場』に詳しい。

少年兵ついて:http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=961
 
 家族からRUFによって無理矢理引き離され、ダイヤモンド採掘の強制労働に駆り出された漁師のソロモン・バンディー(ジャイモン・フンスー)。そのソロモンがRUFの監視の目を盗んで隠したピンクダイヤの横取りを狙う、傭兵上がりのダイヤ密売人ダニー・アーチャー(レオナルド・ディカプリオ)。そして紛争ダイヤの真相を世界に向けてスクープしたいジャーナリストのマディ・ボウエン(ジェニファー・コネリー)。ソロモンが偶然見つけた時価数億円相当のピンクダイヤを軸に、3人の思惑が交錯する。ところが共に紛争地でサバイバルの旅を続けるうちに3人の間には信頼関係も生まれて行く…

 家族の絆を何よりも大切にする生粋のアフリカ人ソロモン、悲惨な過去を持つアフリカ南部出身の白人ダニー、世界の紛争地で取材を続けるタフなアメリカ人ジャーナリスト、マディ。3人の人物造型と相関関係はアフリカの歴史や現在のアフリカにおける力関係を反映して興味深いが、商業映画である以上多少の美化がなされているのかもしれない。現実は映画で描かれている以上に複雑で過酷だろうから。

50

 本作はさまざまなメッセージや情報が凝縮された濃厚な味わいで、主要キャスト3人のの熱演も光り、かなり見応えのある仕上がりとなっている。近年のハリウッド映画の中でも最も上質な作品のひとつと言えるのではないか?今年度米アカデミー賞作品賞を受賞した『ディパーテッド』を完全に陵駕していると思う。映像的には、凄惨な内乱の描写とアフリカの美しく雄大な自然との対照に胸を衝かれた。「この美しい大地を血塗られた場所へと変えたのは誰だ?」と詰問されているかのようだった。惜しむらくは、クライマックスの30分はいかにもハリウッドらしいまとめ方であったこと。とは言え、今年見た中では心を強く動かされた1本には違いない。

 なお本作を見るに当たり、映画批評家・前田有一氏のネット映画評『超映画批評』が参考になった。数多ある映画評とはひと味違う、背景説明が作品理解に役だった。⇒http://movie.maeda-y.com/movie/00887.htm

★今回もいろいろと勉強になりました。映画に心から感謝したい。

【関連リンク】
■エドワード・ズウィック監督のメッセージ:http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=995

| | コメント (0) | トラックバック (5)

ホテル・ルワンダ(南アフリカ・英・伊、2004年)

Photo_16  そもそも私達日本人は『ホテル・ルワンダ』という映画に出会うまで、ルワンダと言う国についてどれだけ知っていたのだろうか?アフリカのどの位置にあり、どのような人々が暮らし、1994年そこで何が起こったのかを。

 例年そうだが、米アカデミー賞レースで取りざたされる作品の約半分は、授賞式の時点で日本未公開だ。私は華やかな授賞式を、まるで何か粗相をして餌のお預けをくらったペットのように(イマドキの飼い主はそんなことはしないかもしれないが)歯がゆい思いで見ている。受賞式会場にいる映画関係者や観客の興奮や歓びはテレビ画面を通して伝わっては来るが、同時にそれを共有できない悔しさを感じている。一昨年もそんな気分の中で幾つかの作品を目にし、その日本での公開を心待ちにしていた。

 『ホテル・ルワンダ』もそのひとつだった。しかし残念ながらアカデミー受賞式の時点では、日本での興行的成功は難しいと判断されたのか、日本公開の目処は立っていない、と報道された。

 ところが、である。20代の若者が発起人となり、インターネット上で公開嘆願署名運動を展開し、なんと僅か3カ月で4000通を超える署名を集めて、公開を実現させたのだ。若者の瑞々しい感性、行動力、そしてインターネットの情報伝播力の前には、「あ~あ日本公開はないのか。残念だね」と歯がみするしかなかったおばさん(私)は、本当に「参りましたm(_ _)m」とひれ伏すしかない(笑)。

 1994年半ば頃まで、私達家族は中東にいた。ちょうど日本への帰り支度を始めた頃だったのだろうか?同じ頃、アフリカ東部のケニアに近い小国ルワンダでは対立する部族間で大虐殺が行われていた。僅か100日で100万人もの罪のない人々が虐殺されたのだ。これをジェノサイドと言わずして、何と言おう。

 当時の私はその事実を知らなかった。(環境的に、或いは自らの怠惰で)情報過疎の中にいたからだ。自宅ではアラビア語放送が中心のTVは殆ど見ることもなく、新聞にしてもタブロイド版の英字紙と日本の全国紙の衛星版を熱心に読むでもない。電話の回線状態すら不安定でインターネット環境も整っていなかった(インターネットなしの生活は考えられない現在とは雲泥の差である)。乏しい情報の中で、日本人も100人いるかいないか(子供に至っては10数人程度)と言った状況下で、正直心細い思いを抱えつつ、子育て中心の毎日を過ごしていた。
 
 そんな中での虐殺報道である。
当時夫が毎日聞いていたBBCニュースで、おそらくルワンダの名を何度か耳にはしていたはずだ。しかし私の関心の外だった。それどころか、この映画を知って、改めてルワンダの虐殺に関心を持ったと言っていい。自分が恥ずかしい。

【感想】

 言うまでもなく国連を牛耳っている大国とて、”自国の利益のため”を第一義に動いている。人道的見地の優先順位は思いの外低く、たとえ国連加盟国のどこかで暴挙が行われようとも、自国と利害関係がないと見るや見て見ぬ振りも辞さない。そして非大国はと言えば自国を守るのに必死で、他を顧みる余裕すらない。1994年のルワンダにおける大量虐殺は、そんな世界がルワンダを見殺しにした結果だ。

 映画『ホテル・ルワンダ』は、事実に基づいた物語だ。世界の非情ぶりが、そして容赦ない虐殺の経過がつぶさに語られている。ホテル・ミル・コリンの支配人ポール・ルセサバギナの口を通して、行動を通じて。

 ホテル・ミル・コリン。1泊の宿泊代金が当時のルワンダ国民の年収の半分に相当するほどの高級ホテルだ。そこでフランス人上司の下で支配人として働くポールは、対立する民族フツ族・ツチ族の両方に巧みに取り入って、何とか家族の平穏無事だけでも守ろうと日々必死だ。機転のきく利発さと、時には権力者と堂々と渉り合うしたたかさが何とも頼もしい。ポールの一挙手一投足を目で追いながら、自分だったら、夫なら、どうするのだろうと想像を巡らせた。

 危うい民族間の力の均衡が破られた時、ポールや彼の家族、そしてルワンダの無辜の民は、どのような試練に立たされ、いかにしてそれを乗り越えたのか?この映画は、それを目撃する作品である。

Photo  ルワンダはコンゴ、ウガンダ、ブルンジに囲まれた小国。

 そもそもルワンダという国は多民族国家で、長く民族間の諍いもなく、平和に共存していたらしい。それが18世紀以降王宮の影響力拡大に伴い、民族間で階級格差などが生じたのをきっかけに民族間の対立が起きたと言うのだ。

 それを悪化させたのが、第一次世界大戦後のベルギーによる支配だ。国家としてまとまっていたルワンダを分裂させるべく、民族の容姿の違いをことさら言い立て、差別意識を植え付け、対立感情を煽ったのだ。同じ所に住み、同じ言葉を喋り、同じ宗教を信じ、人種間結婚もしているフツ・ツチ両民族は、異なる民族集団としては捉えられない、というのが歴史家、民族学者の見解である。ここにも、かつての帝国主義国家の植民地政策のツケをいまだに支払わされ続けているアフリカの不幸がある。

 霧の中、突き進むバン。道路は起伏が激しく、バンは前後左右に大きく揺れる。その感触の一種異様さは画面からも伝わって来る。それが何なのか、あなた自身の目で確認して欲しい。

 自分の無知・無関心に、刃のように突き刺さる映画。自分の偽善や浅慮に容赦ない批判が浴びせられるような感覚を覚える。でも目をそむけてはいけないのだと思う。

【参考リンク】
■『ホテル・ルワンダ』公式サイト:http://www.hotelrwanda.jp/index.html
■『ホテル・ルワンダ』公開問題:http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20050616

| | コメント (2) | トラックバック (3)

人生の大事なこと(の一部)は映画から学んだ

 私は3年前から美術館でボランティアとして教育普及の仕事をさせていただいており、学校向けギャラリートークや家族向けワークショップの実施等に関わっている。

 学校向けギャラリートークの形態は対話型トークと言われるもので、作品を前にして自分なりに感じたこと、考えたことを、私達ボランティアガイドとの対話を通して、児童生徒に言葉で表現してもらうものだ。

 作品に関する知識は文献資料を読めばわかることであり、本物を目の前にしているからこそできることは「作品との対話」である、という前提のもと、児童生徒には、作品そのものが自分に語りかけてくるものを自分なりの感性で受け止め、作品との出会いによって自分の脳内に起こる化学反応を楽しんでもらおうとの主旨だ(だから対話型とは言え、発言を強制するものでもない)。作品鑑賞を通じて育むのは”学力”ではなく、”感性”や”情操”と言えるだろうか。

 とは言え、トークをする立場としては、対象作品に関する知識、理解は一般鑑賞者以上に備えておかなければならない。面白いことに作品研究をすればするほど自らの勉強不足を痛感させられる。調べれば調べるほど、学べば学ぶほどに興味・関心の枝が広がり、日々が学びの連続である。実はこれこそが学ぶことの醍醐味と言えるのかもしれない。

 これは映画にも言えることだろう。映画を通して学ぶことは沢山ある。日常生活では知り得ない世界を知る。追体験する。それらに思いを致す。そしてそこから自分自身の問題として考える。昔『人生の大事なことはすべて砂場で学んだ』というようなタイトルのベストセラー本があったと記憶しているが、映画ファンは、もちろん全てとは言わないまでも、人生にとって大切なことの少なからぬ部分を、映画から学んでいるのではないだろうか。

 昨年公開された『GOAL!』の中でこんな台詞があった。「無料の診療所でしか治療を受けたことがなかった…」。英プレミアリーグでトライアル選手として日々練習に励むサンチアゴは実は喘息持ちで、吸入薬が手放せない。そのことがクラブに知られればプレミアリーグでのプレイのチャンスが潰えると恐れた彼はそのことをひた隠しにする。しかし、大事な試合前にその吸入薬を失ってしまう。呼吸が辛くて試合で本来の力を発揮できないサンチアゴ。不採用通告を受けた彼は帰国を余儀なくされるのか、といったところで、思わぬ助け船が出て、監督と話をする機会を得るのだが、そこで監督は彼の喘息を「そんなもの、薬で治るぞ」とこともなげに言う。それを受けての、段落冒頭の一言だったのだ。健康も金次第という、格差社会の一端を示すエピソードではないだろうか?

 持てる者と持たざる者の間にはさまざまな、そして大きな格差が存在する。資産格差、教育格差、雇用機会格差、医療格差、情報格差、etc…こうした格差が持てる者を益々優位にし、持たざる者の前に越え難い壁として立ちはだかるのだ。サンチアゴの嘆息と共に漏れた一言が、彼ら貧しい不法移民の苦難に思いを致すきっかけとなった。

 映画の台詞の何気ないひとことが社会を映す鏡になる。これは映画が果たす重要な役割のひとつと言えるだろう。もちろん、それに気付く感受性(アンテナ)が、見る側には求められる。できる限り感度を高めておきたいものだ。

| | コメント (0)

武士の一分(2006年)

Photo_14   珍しく息子の方から時代劇映画を見たいと言い出した。キムタク主演で話題となった『武士の一分』である。これには彼なりのちょっとした理由があった。2004年に単行本の発行部数が一億冊を超えた人気漫画『スラムダンク』の作者井上雄彦氏のもうひとつのヒット作『バガボンド』に影響されて、と言って良いだろうか。

 そもそも息子と井上雄彦作品との出会いも意外なものであった。当初私の担当美容師であったK君(若干20代半ばながらプロ意識をしっかり持った腕の良い美容師です)。今や家族全員がお世話になっている。そのK君が漫画好きの息子に『スラムダンク』は必読だ!と強く薦めたことが、息子と井上漫画との出会いだった。『スラムダンク』にいたく感動した息子は、井上氏のもうひとつの代表作『バガボンド』へ手を伸ばした。そしてこれにすっかりハマッてしまったのである。

 それだけではない。今度は『バガボンド』の着想の元となった吉川英治の『宮本武蔵』を読みたいと言いだし、学校図書館にないと知るや自ら市立図書館に足を運び、貸し出しカードを発行して貰うと、分厚い単行本を借りて来て今夢中になって読んでいる。あの読書嫌いの息子が、である。

 当初は文庫本を探していたが、結果的には単行本で良かった。なぜなら単行本には豊富な(味わい深い)挿絵があり、それがちょうど頃合い良く紙面に登場して、長文にはまだ不慣れな息子には”箸休め”のようになっている。

 私は息子が漫画好きであることを嫌だとは思っていない。自分自身、子供時代には沢山の漫画を読んだのだから。ただ漫画と並行して、活字の詰まった本も読んだ。息子にもできれば同じように程よいバランスで漫画と活字の両方に親しんで欲しいとかねがね思っていた。それが思いがけない展開で実現している。

 して、映画『武士の一分』についての息子の感想はと言うと、「剣を交えるシーンが少なくてちょっと物足りない」らしい。そりゃそうだ。これは藤沢周平作品で、剣術小説とは違うのだから。藤沢作品は海外にいた時に取り寄せていた『オール読物』で当時は藤沢氏も存命中だったから、新作中編をよく読んでいた。設定は時代ものながら、作品が描いている世界観は普遍的なものであり、今にも通じるものがあった。本作でも印象が鮮烈だったのは、夫婦愛であり思いやりである。

 山田監督も本作で”平凡な日常の尊さ”を描きたかったと言われていたように記憶している。食事シーンというのは何もホームドラマの独壇場ではなく、時代劇でも日常生活を描く上で欠かせないシーンのようだ。池波正太郎原作の、岸谷五朗の主演で久しぶりにリメイクされたテレビ時代劇『藤枝梅安』でも、2時間の放映時間の間に何度となく食事シーンが出て来て印象的だった。殺人のシーンと、仲間と鍋を囲みながらほくほくと煮えた大根を食べるシーン。その対照性が際だてば際だつほど、梅安の仕事の非情さと、何気ない平凡な日々の尊さが心に沁みて来た。

 
”永遠のアイドル”キムタク出演の時代劇ということで話題になった本作であるが、私は本作を見ている間、その世界観にどっぷり浸って、主人公がキムタクであることはすっかり忘れていた(”誰を演じてもキムタク”という彼にしては比較的キムタク色が希薄。月代《さかやき》部分をきちんと剃っていないうらぶれた姿など、その弱々しさが新鮮ですらある)。妻役の壇れいの美貌と所作の美しさ、脇を固める笹野高史の好演も光っていた。

以下はネタバレ。

Photo_15  本作『武士の一分』でも、最後の最後で、”妻の手料理の味”が大きな意味を持っていて、タイトルの”一分”で主人公が守りたかったものが、実は「武士としての立場」より、「夫婦の絆」であったのだと思い知らされる。本作が心温まるしみじみとした余韻を残す、ひと味違った時代劇であることは間違いないと思う。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

改めて告知

Photo_12 【お断り】

 最初にも申しましたように、当ブログはブログ記事に関連したTB&コメントは歓迎致しますが、それ以外のものに関しては管理人の判断の下、個別に断りなく削除させていただきます。またTBに関しては、管理人が納得した内容(単にニュース記事の貼り付けではなく、ブログ管理者の意見がきちんと書かれているかを重視します)でない限り、TBエコーは致しませんのでご了承ください。

 

| | コメント (0)

人間はどこまで”我儘”になれるのか?

Photo_11  近日公開の『サンシャイン 2057』では、寿命が尽きようとする太陽に核爆弾をブチ込んで再生させようと、科学者を中心としたクルーが太陽へと向かう。そうしなければ地球は凍り付いて、地上の生命は殆ど息絶えてしまうのだ。とは言え、この作品の主眼はそのミッションの遂行そのものより、そこに至るまでの、宇宙という特殊な舞台ならではの、或いは宇宙船という密閉空間での、クルー達の精神的・肉体的危機の状況(何れにせよ、今回のミッションは片道切符の死出の旅には違いないのだが)をサスペンス・タッチで描くことにあるようだ。

 映像的には、画面いっぱいに映し出される太陽の紅炎がド迫力で、灼熱感が視覚的に迫って来る。しかし映像の完成度の割にはプロットが雑で、矛盾点や疑問点が多々あり残念なところ。真田広之は宇宙船イカロス2号(なぜ2号なのかが、実はこの作品のミソ)のキャプテン役を知的に演じてはいるが思ったより露出が少なく、英国の鬼才ダニー・ボイル監督との仕事と言う意味では貴重な経験であったとしても、彼の代表作にはなり得ない作品だろう。

 私自身はこの作品の主題とは離れたところで、自然の摂理(太陽の滅び)に抗う人間の作為に興味を持った。他のところでも触れているが、生殖医療も「自然の摂理」と「人間の作為」のせめぎ合いのひとつと言えるだろうか。新しい生命の誕生とは、かつては人間の思うままにはできない神秘の領域であった。それがこのところの目覚ましい医療技術の進歩で、ある程度は人間による操作が可能になっている。生殖医療の進歩が、子供を望みながらも恵まれなかった夫婦に、我が子誕生のチャンスを広げているのは確かだ(それでも”100%ではない”というところは、やはり侵してはならない神の領域なのか)。これに関連して、先頃興味深いニュースがあった。

 高田延彦・向井亜紀夫妻の、代理出産で誕生した双子の男児の出生届け受理を巡る裁判の結果である。最高裁まで審理されたこの裁判は結局、高田・向井夫妻の敗訴となり、米国において米国人女性による代理出産で誕生した、事実上夫妻の双子のお子さんは、日本の法律上夫妻の子としては認められず、米国籍のまま、夫妻が保護責任者として養育する形となった。彼らは3年に一度在留届けを日本政府に提出せねばならず、日本人として、また夫妻の実子としての権利を何ら保障されない。特に双子のお子さんにとっては気の毒な結果になってしまった。

 幸いにして?このブログはマイナーなブログなので忌憚なく私見を述べさせてもらうが、私は双子のお子さんの境遇には同情しても、高田・向井夫妻に関しては共感できる部分とできない部分の両方がある。夫妻は裁判の敗訴を受けて「高い社会勉強代となったが得るものは何もなかった」とコメントされた。勉強代が高くついたのは当然の結果だと思う。こうした裁判を含め、お子さんの国籍問題も含め、諸々のリスクを覚悟の上での、日本では認められていない米国での代理出産という選択であったのだから。この日本に140万人にはいると言われている不妊治療者の中の一体どれだけの人々が、夫妻のような選択をできると言うのか。おそらく殆どの人がリスクを負うだけの経済力は持っておらず、そしてやむなく出産を諦め、新たな道を模索している人も少なくないはずだ。私の身近な友人にもいる。

 一方で、代理出産で誕生していながら、夫妻のように公言せずに出生届を提出し受理されたケースも年に10件以上はあると推定されている。それと比較して、高田・向井夫妻を「正直者が馬鹿を見るケースだ」とコメントした識者もいた。夫妻は公人としての露出度が高く、代理出産を秘密裏に進めることは最初から無理だったろうし、それならば自分達が矢面に立って代理出産の是非を公の場で問おう、という気概を持って臨んだのかもしれない。今回の裁判後の会見でも、単に代理出産だけでなく生殖医療全体についての見直し―公的援助の必要性を訴えていた。国が少子化問題を声高に訴えながら、生殖医療のバックアップ体制やそれに伴う法整備が十分でない点を広く知らしめたと言う意味では、夫妻の果たした役割はけっして小さくないと思う。

 ただどうしても、他人のお腹を借りて行う「代理出産」には、人間の不遜を感じてならないのだ。母体となる女性は金銭の代わりに、生命の危険という大きなリスクを負うことになる。そこにたとえ「人助けをしたい」「妊娠・出産は尊い行為」と言った高尚な言葉が並べ立てられようとも、(財力を)持てる者と持たざる者の社会的格差が見え隠れしている。また、ある程度の努力をしても子供が授からないのは、そこに”何らかの意思”が働いているのではとも思うのだ(哲学の国フランスでは「代理出産」は法律で禁じられている。米国でも州によって認めている州とそうでない州がある。それだけ議論の余地があるということなのだろう)

 子供が欲しい人にとっては残酷な運命なのかもしれないが、「諦めること」「運命を受け入れること」も、人間には必要なことではないかと、最近の人間社会全体の在り様を見て思う。「人間の叡智を以てすれば不可能なことはない」「自然は征服すべきもの」と言った傲慢な思いが今確実に人間社会を支配していて、それによって様々な問題が生み出されているのではないかと思えて仕方がない。果たして、人間の”我儘”はどこまで許されるのだろうか?

| | コメント (2)

ある偶然―本来あるべき場所

Photo_10  昨日4月9日付のSANKEI EXPRESS紙(以下、エクスプレス)は、電車内で読むのが気恥ずかしいくらいの、大写しになった石原都知事の高笑い?の顔が表紙を飾っていた(写真)。この新聞が創刊間もない頃に1週間のお試し購読をして以来、購読料も手頃(1,680円)だし、読物としても面白いので継続して読んでいる。

 全国紙は朝日新聞(以後、朝日)を長らく購読していたが、途中で日本経済新聞(以後、日経)の購読も始め、3年程前からは家計の節約もあって思想的には(朝日の扇情的な内容や誤報には辟易して来た?!膨大なチラシにも!)比較的ニュートラルな(経済至上主義なのかもしれないが)日経だけを購読している。
 ネット時代、新聞社もこぞってネットで記事を配信する時代である。普段の生活の中でふと興味を持った報道を比較検討するだけなら、ネット配信記事で十分だと思う。

 エクスプレス紙は首都圏+(なぜか)京都だけで発行しているタブロイド紙だ。政治的スタンスは発行元である産経新聞そのままだが、比較的若い女性をターゲットにしているらしく、タブロイド版で「持ちやすさ」、写真の多用で「取っつきやすさ」、取り上げる題材の多彩さ&コラムの充実で「読物としての面白さ」を追求しているように見える。既存の全国紙やスポーツ新聞との差別化を図り、ニッチ市場を狙った営業戦略は果たして成功するのだろうか?かつて朝日もタブロイド版の発行を試みたようだが、これは上手く行かなかったらしい(1カ月で廃刊?)。エクスプレス紙は昨年の11月創刊で4月現在まで続いているので、そこそこ上手く行っているのだろうか?それにしてもキムタクをCMに起用とは、大がかりなものだ(やっぱりターゲットはキムタク世代?しかし、そうでない私(おばさん)も結構楽しんでいる)。

 そのエクスプレス紙の中で、3面下段に掲載されているコラム「勿忘草」が私は特にお気に入りだ。その時々の話題について、記者の忌憚のない意見が述べられている。「こんなこと大っぴらに書いたら反発を呼ぶのではないのか?」というようなことも時には書かれていて、そこはタブロイド紙ならではの”軽さ”が救いになっているのかもしれない。
 その「勿忘草」で、昨日は高松塚壁画古墳の解体修理のことが取り上げられていた。その記事と当ブログの記事の内容の酷似に少し驚いた。「勿忘草」で取り上げられているのは高松塚壁画、当ブログでは《受胎告知》と、作品の違いこそあれ、主張していることは私が数日前に当ブログで書いたことと殆ど同じだった。「本来あるべき場所」「居心地が悪い」という言葉さえ一致している。さすがプロの書き手の文章だから、素人の私より的確に言わんとしていることを表現している。以下に抜粋してみる。

 かつて中国で、遺跡からはぎ取られた壁画が博物館の資料室に置かれていているのを見て、その神秘は半減していると思った。(中略)
 再び高松塚古墳の話。1300年もの間、同じ場所に眠り続けた美女だからこそ、神秘はより深まる。今の時代に生きる私たちは、神秘のベールが解かれる瞬間に立ち会えた。しかし、本来あるべき場所を離れた女神たちは、後世にも同様の魅力を湛え続けることができるのだろうか?
 後世の人に残すべきなのは、壁画だけではない。壁画を伝えた環境、歴史も含めて残すべきだ。ガラスにふさがれ、見ものにされてしまえば、奥ゆかしい美人たちも、さぞ居心地が悪いことだろう。
 

 つまりは、作品は「本来あるべき場所」を離れたら、その魅力は減退すること、作品とそれが生まれた環境、歴史は切っても切れない関係にあり、それも含んでの理解が重要であること。作品保護の見地から言っても、生まれた場所を離れることは本当は良くないのだろう(実際、渡米した叔母が日本のある工芸品をアメリカの自宅に置いていたところ、当地の乾燥した空気で傷んでしまったらしい。日本の湿潤な気候風土で生まれた物は、大陸の乾燥した気候には耐えられないのだ。それに気付かなかった叔母も叔母だが)。

 高松塚壁画古墳にしても、キトラ壁画古墳にしても、作品保護の見地から言えば、本来は開封すべきではなかったのだと思う。何千年もの間密閉状態であったものの封印を解くということは、たとえ学問的意義があるとしても、罰当たりな行為だったのかもしれない。そもそもそれらの壁画は、多くの人の目に晒されることを目的に描かれたものではなかったのだから。

| | コメント (0)

『不都合な真実』についての覚書(2)

Uip_japan_1 『不都合な真実』余聞

 今年の米アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した、『不都合な真実』。アル・ゴア元副大統領の講演の模様を中心に映し出しながら、「地球温暖化防止」を訴えるドキュメンタリー映画。タイトルが意味するところの『不都合な真実』が、誰にとって”不都合な真実”なのかは、本作を見れば自ずと分かるようになっている。

 今年の米アカデミー賞は、まさに名匠マーティン・スコセッシ監督の年だったが、同時にこの『不都合な真実』の年でもあった。

 それはレッドカーペットにゴア氏が登場した時から始まっていた。彼が夫人を伴って登場するや、人々の視線を一身に集めた。授賞式が開幕してからも、環境問題に関心が高いことで知られるレオナルド・ディカプリオと共に早々とステージに登場するなど、他の長編ドキュメンタリー賞候補者とは端から別格の扱いだった。これは、リベラル派が多いと言われるハリウッド映画界で、ゴア氏が抜群の人気を誇っていることを示しているようだ。

 そのゴア氏賞賛の模様をブラウン管を通して見る限り、地球温暖化防止会議京都議定書を批准しなかった米国でもいよいよ地球温暖化問題への意識が高まったかと日本の多くの視聴者は感じたはずである。しかし、それは錯覚に過ぎないのかもしれない。

 『不都合な真実』のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞に水を差すような記事がマスコミに登場した。

「ゴア元副大統領の”不都合な真実”―電気使用量は一般家庭の20倍

 テネシー州ナッシュビルにある部屋数20のゴアの邸宅の光熱費は年に2万9,250ドル。テネシーのセンター・フォー・ポリシー・リサーチの資料によると、ゴア家が昨年使用した22万1,000KWの電気の年間使用量は、米国の平均家庭の約20倍にも上るという。

 同センターのドリュー・ジョンソンさんは、「生活の仕方を説いている氏ですが、ご自身はそのルールに従っていませんね」とコメント。当のゴア氏の広報は、「より効率良くエネルギーを使う方法を思索中」だと弁解。


 ここで注意しなければならないのは、ゴア家と米国の一般家庭とを単純比較することが果たして公正なのかどうかだろう。一般家庭の定義も曖昧で、住宅規模も明記されていない。調査をしたセンター・フォー・ポリシー・リサーチの政治的立場も、この記事を読む限り不明である。私はこの記事のことをテレビで知ったが、国際弁護士であり、米国通と目される某コメンテーターも、「これは、彼の活動を快く思わない保守派やエネルギー業界が、ゴア潰しにかかったということでしょう」とコメントしていた。「ゴア氏は昔から脇が甘く、攻撃の隙を与えてしまう」とも。

 1月27日付サンケイ・エクスプレス紙でも、映画『不都合な真実』に対する一部保守層の拒否反応が記事の中で伝えられている。以下はその記事の抜粋。

 米国西部の公立中学校が理科の教材として『不都合な真実』を上映しようとしたところ、それを知った親から「(温暖化防止に消極的な)米国を非難するような偏見に満ちた映画を子供に見せるな」という抗議が地元の教育委員会に寄せられた。これを受けた教委が「地球温暖化のように科学的にも議論の分かれる問題を教材で扱う場合は事前の承認と、異なる見解の紹介が必要」として、上映を中止させた。

 また、制作者側がDVD5万枚を学校に寄付すると申し出たが、米科学教師協会が「政治的に一方の側に肩入れしたくない」と断ったとの報道がある。

 対照的に、1月20日から本作が全国公開された日本では、「学校などで広く使われるにふさわしい」と「文部科学省特選」に選ばれている。


 彼我の違いは一体何なのだろう?日本はよく言えば素直、悪く言えば単純で、人の言うことをすぐ信じる、深慮に欠ける国ということなのか?それに対して米国はより慎重で、科学的論拠の正確さを追求する国ということなのか?

 事実、「地球温暖化のメカニズムは解明されたわけではなく、二酸化炭素の排出規制が必要とするゴア氏の論理には懐疑的な人も多い」と先の記事にはあり、ゴア氏の主張そのものが絶対的に正しいとは言えないとしている。

 しかし議論の余地はあろうとも、地球温暖化は待ってくれない。世界の科学者らも結束して、地球温暖化防止へ取り組もうとしている。3月1日には「国際極年」が正式に始まった。これは温暖化の影響が最初に顕在化すると言われる極地の研究に世界中で1万人を超す科学者が挑む企画で、世界60カ国以上の研究者らが今後2年間かけ、謎の多い北極や南極に関する観測や研究、啓発活動を国際協力で集中的に進めるらしい。

 米国は科学的論拠や政治的立場を重んじるあまり、世界から取り残されることにはならないのだろうか?これに限らず、最近は様々な局面での米国の独善性が気になる(それでも高等教育の充実で世界の頭脳が集まる凄い国には違いないんだけどね)

| | コメント (0)

『不都合な真実』についての覚書(1)

Uip_japan 拡大路線は止めるべきなんだろう。しかし止めないんだろうな…

 アル・ゴア元米副大統領が、自身が出演するドキュメンタリー映画『不都合な真実』のジャパン・プレミア出席のため1月下旬来日した。「筑紫哲也ニュース23」では、そのゴア氏を招いて、地球温暖化問題に関する特集を組んで放映した。

 この100年?の間に地球の平均気温が0.7度上昇しただけで、東京都の面積に匹敵する北極の棚氷が崩壊したり、世界各地の氷河が後退したり、集中豪雨の一方で干ばつもあり、地球温暖化がもたらした異変、異常気象は、私達人間だけでなく、地球上のあらゆる生き物の生命を脅かしている。

 カエルが次々と絶滅しているという話には背筋がゾッとした。温暖化によってツボカビと呼ばれるカビが体内で異常繁殖し、死に至らしめているという。冬眠の時期も年々遅れ、彼らの生体リズムにも異常を来している。それもカビに対する免疫力を低下させている一因かもしれない(ペットブームによる外来種の輸入にも生物学者らは神経を尖らせている。国内に持ち込まれる外来種にツボカビを体内に宿したカエルがいる可能性が少なくないからだ。それがたとえ一匹であっても、ツボカビはあっという間に伝染し、国内の在来種を絶滅に至らしめる危険を孕んでいる)。

 時には100kmも泳いで移動するというホッキョクグマも今や絶滅危惧種に指定されている。時折挟み込まれる(たぶん『不都合な真実』からの)映像では、せっかく氷原の端に辿り着いても、薄氷のために体を乗せたとたん崩れてしまい、いつまでも冷たい水の中を泳ぎ続けなければならないホッキョクグマの姿が映し出されていた。そうして溺れ死ぬホッキョクグマが後を絶たないのだそうだ。

 私達人類が文明生活を享受するために排出し続けるCO2が、地球全体の命を脅かしている。その責任は重い。 自国の事だけを考えれば日本の”少子化”は、国力維持において由々しき事態なんだろうが、地球規模で考えたら、日本という小さな島国のサイズに見合った人口に戻りつつあるということなのかな?とふと思った。それに伴って経済活動も縮小して行き、経済的豊かさも失われて行くのかもしれないが、経済的豊かさが人間としての幸せに直結しているかと言えば、そうとも言えない現実が今そこかしこに見えているし…

 特にCO2の排出増加には経済活動の拡大が大きく関与していると思うが、そうなると近隣の大国やインドの経済発展は、地球温暖化へ拍車をかけることになるのは間違いないのだろうか?河川への工場の廃液垂れ流しの話を聞くにつけ、かつての形振り構わぬ日本の高度経済成長時代が想起されるし、彼の国に本格的なモータリーゼーション時代の到来となれば、大気汚染は対岸の火事とは行かなくなるだろう。九州は大丈夫なんだろうか?否、それどころか地球温暖化は、恐ろしいまでに加速するのだろうか?

 経済的豊かさを追求する拡大路線が地球のどこかで続く限り、地球温暖化は止まらないのだろう。私達人類は、母なる地球に迷惑のかけ通しだ。

映画『不都合な真実』を見ての感想

 大学時代から地球温暖化について注目して来たというゴア元米副大統領。そのゴア氏が地球温暖化問題の啓蒙の為世界各地で精力的に行っているスライドトークの模様に、時折、氏の評伝(その生い立ちから現在まで)が挟み込まれたドキュメンタリー。エコ・サンデー(日本テトラパック社の協賛で指定の映画館に限り500円で見られる企画)を利用して家族で見て来た。

 元々、本作中のスライドトークは米市民に向けてのものなので、正直言って「これは地球温暖化問題とは直接関係ないだろう」と思える発言もあった(民主主義礼賛や共産主義云々など。もちろん海外向けのトークでは削除されているとは思うが)。同様の意味で、ゴア氏の評伝も一部(大統領選敗北の映像等)蛇足な気がした。少し感傷的過ぎるかな。

 それに地球温暖化の問題は人類だけでなく、地球上のすべての生物の存亡に関わる問題だ。「あなたの子に、今ある地球環境を残そう」という訴えは、(よく聞くスローガンではあるが) 人間中心主義の傲慢に思えた。たぶん、そういう訴えかけが啓発に最も効果的という戦略なのだろう。

 私達人類は、もしかしたら地球に巣くうガン細胞なのかもしれないなあ。そもそも地球を短期間にここまで痛めつけたのは人類なのだから。特に現代人の私達。

 とは言え1000回以上、回を重ねて来たと言うだけあって、そのトークは実に見事だ。科学的データをよどみなく提示し、図解も多用、時にはアニメや大仕掛けのパフォーマンスで笑わせ、説得力十分、かつ分かり易い。さらにエンドロールでは、よくもまあ、これだけのメッセージを思いつくものだと感心するほど、具体的で、実効性の高い提言が次々と映し出されていた。どれも参考になるものばかりだ(私自身すでに実行していることも幾つかあった)

 地球温暖化の問題をこれほどわかりやすくコンパクトにまとめた学習教材はないと思う。地球温暖化について興味のある人、ない人に関わらず、出来るだけ多くの人に地球の危機的状況を理解する為にも見て貰いたい作品だと思った。(因みに私が足を運んだTOHOシネマズでは、毎回満席だった。おそらくこんなことは、このシネコンが開業以来
初めてのことではないか。)

 
ともあれ、地球温暖化阻止の為に今日から自分でできることを!と思わずにはいられない映画である。

| | コメント (0)

『レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像』展(東京国立博物館)

Photo_9  3月20日(火)から上野・東京国立博物館(以下、東博)で開催中の『レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像』展に春休み中の息子と行って来た。東博開催の展覧会は観客動員数では所謂ハズレが殆どなく、会期中休日・平日に関係なく混雑している。私が行った日も平日ながら観客の入りは多かった。春休みなのに子供の姿は思ったより少なく(この季節は博物館・美術館より公園やテーマパーク等の屋外施設だろうか)、多く目についたのはシニア層。今や世代別ではダントツに時間とお金に余裕のあるシニア層が、文化芸術に関心を持つのは自然なことなのかもしれない(これは別な言い方をすれば、子育て世代は時間にもお金にも余裕がなく、当然のことながらシニア層であってもお金に余裕のない人々は博物館・美術館に足を運ぶことなどないのである)

 今回の展覧会はウィフィツィ美術館収蔵の《受胎告知》(1472-73)が日本初公開と盛んに喧伝されているが、この《受胎告知》も以前のドラクロワの《民衆を導く自由の女神》が来た時と同様、本館に設えられた”特別5室”に単独に展示されている(このやり方は《モナ・リザ》来日以来の伝統か…あれから全然進歩していないとも言えるが、現代の鑑賞者はこれで満足するのだろうか?時代は流れているし、鑑賞者もそれなりに経験を積んでいるのに)
 展示室入室前には飛行機搭乗前のようにセキュリティチェックを受けなければならない。その仰々しさに見る前から興ざめしてしまって…しかも入室したら入室したで、ジグザグの通路を通った奥に作品は展示されており、狭い通路に人々がひしめきあって、作品を見ているのか、人の頭を見ているのか。係員の「立ち止まらないでくださーい」というアナウンスもウルサイ(彼らも仕事なんだけどね)
 そんな状況だからウィフィツィ美術館で見た時のような感動はなかった。これはどう見ても「絵を鑑賞する」という態勢ではない。「見物する」と言う感じ(本来、本物の作品を目の前にしたなら、近接して見たり、離れて見たり、違う角度から見たり、そして再び近付いて見たりと、いろいろな見方をして楽しむものだと思う。それが特別5室の作りでは出来ない)。
 
名画が”人寄せパンダ”的な扱いを受けているようで、今回の展覧会の宣伝方法には疑問を感じる。”展覧会の目玉”の割にはあっけなさ過ぎて、こんな形で名画を初っ端に見せられたら、来館者のテンションは間違いなく下がると思う。ただ今後、本来の収蔵先(ウフィツィ美術館)で見る機会があるであろう人々(特に若い世代、子供達)には、日本にある他の宗教画との”格の違い”のようなものを雰囲気として味わうだけでも意味があるのかもしれない。来日する名画との出会いでいつも感じることだが、名画とはやはり”本来在るべき場所”で見ないことには、その真価を理解することは難しい。

 今回の展覧会は、従来の展覧会がレオナルドの、他を寄せ付けないマルチな才能のほんの一部分しか見せて来なかったのに対して、彼の才能の全体像を見せることに力点を置いて、それを誇示している。(6部構成の内、第1、2部は東博独自のもの、残りの4部はウィフィツィ美術館で開催された展覧会を再構成したものらしい)
 それこそ、彼の発想の源泉ともなった書物の一部や、建築学、工学、芸術、自然哲学と言った、彼の多岐に渡る研究の成果を幾つかのブースに分けて展示しているわけだが、それぞれが、じっくり鑑賞し、キャプションを読み込み、頭の中で咀嚼することを要求する内容なのに、いかんせん人が多過ぎるし館内も暗過ぎる。立ち止まって考える猶予を与えないのだ。その為結構フラストレーションを感じながらの鑑賞になってしまった。ちゃんと見た、理解した、という達成感・満足感がない。
 いつになったら適正な入館者数に落ち着くんだろう(これは無理なような気もする)。博物館としては、できるだけ多くの人に見て貰いたい。しかし来館者が多過ぎると展覧会の意図するところを理解して貰えない。痛し痒しと言ったところか。期間の限られた企画展だからこそ実現した展覧会なのかもしれないが、内容的には寧ろ常設展示が相応しいものだったような気がする(これも無理な注文だとは思う) 
 それからすべてが貴重な資料だからかもしれないが、複製が多過ぎる(ウフィッツィではどうだったのだろう?)。レオナルドは遅筆で(下絵は膨大な数を残しているが)、現存する絵画の完成作品はごく僅か(14点?)と言われているらしいから、仕方ないのかもしれないが、いくら現代のデジタル技術(美術とデジタル技術の適用に関する諸問題については、日本経済新聞2007年4月2日付夕刊20面を参照されたし)を駆使して、その実物大を再現して見せても、絵の具の厚みのない平板なそれは、彼の作品の魅力の殆どを伝えていない。おそらく”美術館で絵画作品を鑑賞する”というのとは違って、”彼の思考と探求の集大成としての絵画の技法”に焦点を当てたものなのだろうが、そういう見方に慣れていないせいか見ていて虚しくなる。
 おそらくこれは、冒頭の《受胎告知》の展示が、私をミスリードさせたのだと思う。名画を鑑賞するのか、それとも彼の天才の総体を俯瞰するのか。この展覧会は美術館ではなく敢えて博物館での開催である。そこのところに注視して、見る側もこの展覧会が発しているメッセージを受け止めなければならないのだろう。その意味では自分自身の反省も込めて、《受胎告知》は後から見た方が、より良い流れでこの展覧会を見ることができるような気がする。

■『レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像』展公式サイト:http://www.leonardo2007.jp/

【追記】
 他の方々がどのような感想を寄せているのか気になって、本展覧会に関するブログ記事をざっと読んでみた。あの劣悪?な環境下で《受胎告知》をきちんと鑑賞し
(オペラグラス持参など、いろいろ工夫も見られた)、その素晴らしさを実感している人が多いのに少し驚いた。「あの有名なダ・ヴィンチの絵だから素晴らしい」と言っているわけではなく、実物の美しさに素直に感動した思いが書き綴られていて印象的だった。単に私の説明書きの見落としなんだろうが、当日なら何度でも並んで見られる、というのも初めて知った。もう一度、見てみたくなった。
 今回の混雑は、一昨年辺りから続く『ダ・ヴィンチ・コード』ブームの余波なんだね。ウフィッツィの企画自体、それに便乗?したものだったのか?何はともあれ、それによって天才レオナルドに再び光が当たるのは喜ばしいことだ。そのブーム
を意識してかどうかは知らないが、イタリアが誇るもう一人の天才、ケランジェロの展覧会が、昨年の今頃大英博物館で開催された。それほど大規模な展覧会ではなかったが、やはり彫刻、絵画、建築といった彼の才能と彼の人物像を多角的に検証する興味深い展覧会だった。

【参考リンク】
■『レオナルド・ダ・ヴィンチ―天才の実像展』公式サイト:http://www.leonardo2007.jp/
■「イタリアの春 2007」実行委員会公式サイト:http://primavera-italiana.net/about/index.html

| | コメント (4)

オランダと私

 映画『ブラックブック』を見た後に、オランダと自分との縁について考えてみた。 私はオランダとは何かと縁がある(と、自分では思っている)。

 私とオランダとの最初の接点は『アンネの日記』だった。子供時代地方に住んでいた私は、ある時地元紙の読者欄に投稿した謝礼に図書券を貰った。それと引き換えに入手したのが『アンネの日記』(文春文庫)だった。隠れ家での自分(彼女はまだローティーンだったのだ!)を押し殺した生活の中で、日記を親友にアンネは思索を深めて行く。同世代の私には彼女がかなり大人びて見えた。元々聡明な少女だったに違いない。アンネに触発されるように私も日記を書き出した。それは大学時代まで続いた。
 『アンネの日記』への執着(関心)はそれに留まらない。後にその映画化作品も見た。映画公開に因んで地元のデパートで開催された『アンネ・フランク展』にも行った。屋根裏でペーターと腰掛けたトランク?も展示品の中にあったな。アンネに関する新聞記事をスクラップしたり、関連文献を読み漁ったりもした。
 さらには大人になってオランダへ旅行し、子供時代からの念願であったアンネの隠れ家を訪ねた。夏の盛りで、世界中から多くの人々が訪れていた。日記を通して知っていた場所。初めて訪ねたような気がしなかった。隠れ家の人々が使ったであろうトイレの便座のかわいらしい花の図柄を見た時、「こうした図柄ひとつにも慰めを見出したのだろうか」と少女アンネの心中を想って切なさで胸が張り裂けそうになったのを覚えている。
 アンネの一家もナチスのユダヤ人差別が始まる前までは、ドイツの富裕なユダヤ人商家のひとつだった。それでもユダヤ人であるというだけの理由で、父オットー・フランク氏を除く家族全員が悲惨な末路を辿ったのである。映画『ブラックブック』で描かれたユダヤ人の悲惨は、そのまま当時のユダヤ人達の姿に重なるものなのだろう。
 ところで映画の中で、避難先の南部へ向う船に乗り込んだいかにも富裕そうなユダヤ人女性が、豪華な首飾りを外すように言われた時に「これは寝る時にも外したことはないのよ」と応えたくだりがある。こうした、豊かさを誇示してはばからないところが(たとえ一部の人々であったとしても)、戦争以前から他のヨーロッパ人の嫉妬と羨望を生み、心情的にナチスのユダヤ人差別を後押しする要因にもなったのではないかと思った。

■ユダヤ人差別についてのブログ内関連記事:http://hanakonokoukishin.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_101f.html

 2つ目の接点は後期印象派を代表する画家ゴッホである。学校の図画工作の課題で、たまたま彼の『アルルの跳ね橋』を題材に鑑賞文を書いたのが彼の存在を意識した最初だ。それから彼に興味を抱いた私は学校図書館で『炎の画家ゴッホ』という評伝を借りて読んだ。その評伝を原作に制作されたカーク・ダグラス主演の映画も見た。タイトルが示すように炎さながらにゴッホはすべてに熱情を注ぐあまり、その過剰さが周りとの軋轢を生み、努力も空回り。結果的にことごとくがうまく行かない彼が気の毒に思えた。こんなに不器用な生き様はそうそうないだろう。彼がもし身近にいたら、私も親しくはなれなかったかもしれない。
 しかしそんな彼だからこそ、9年という短い画家生活で後世に残るような作品を描けたのではないかと思う。作品の一点一点が、彼にとっては妥協を許さない血を吐くような思いで描いた作品であっただろうから。世間の常識から乖離すればするほど、彼の芸術は純化していったような気がする。絵画は彼の熱情の受け皿としてはピッタリだったのかもしれない。
 オランダ時代の初期ゴッホ作品の色彩は暗くくすんで色彩感に乏しい。それは彼の窮乏と心情の反映であると同時に、それが彼の身近にある色彩だったのかもしれない。フェルメールの絵画世界そのままの色彩に溢れる映画『真珠の首飾りの少女』では、窓を通して入る陽射しが生み出すトーンの低めな色彩が印象的である。いわゆるオランダ的絵画世界、色彩感を生み出す「オランダ独特の光」については、芸術家の視点も交えつつ科学的に検証したドキュメンタリー映画『オランダの光』に詳しい。
 その後フランスのパリに渡ったゴッホは印象派に出会い徐々に明朗な色彩を獲得して行く。さらに南仏アルルの強い陽射しにその明度は強さを増して行くのだ。短期日のゴッホ作品の劇的な変化は、制作環境の変化が及ぼす作品への多大な影響を示して興味深い。
 高校時代には、生活力のないゴッホが物心両面で依存しきっていた弟テオに宛てた書簡集『ゴッホの手紙』を読んだ。私が読んだのは文庫本だが、最近書店で翻訳も新たに刊行されたらしい単行本を見つけた。興味はあるが、いかんせん高価で手が出ない。図書館で収蔵されたら是非読んでみたい。
 成人してからは海外駐在時代に、確か朝日新聞の日曜版で、彼の作品の初期作品を多く収蔵する「クレラー・ミュラー美術館」の存在を知った。この美術館は、誰にも先んじてゴッホ作品の価値を認め、その収集に努めたオランダ人実業家夫妻が設立した美術館だ。現在は寄贈され国立美術館になっている。広大な森の中に静かに佇む平屋建ての美術館で、周囲には彫刻を配置している。ここを訪ねたフジサンケイ・グループ総帥がその美しさにいたく感動して、日本にも同様の物をと設立したのが、今では箱根の観光ポイントとして欠かせない「箱根彫刻の森美術館」らしい。さらに美術関連で言えば、私が大学の卒論のテーマに選んだ画家も、ゴッホではないがオランダの画家だった。

 昨年は知人に誘われ、日本在住のオランダ人女性の自宅を訪ねる機会があった。麻布の閑静な住宅街に建つ瀟洒なマンションのメゾネットタイプのお宅だ。要は帰国間近い駐在夫人のガレージセールに誘われたのだ。その女性は世界に名だたる石油会社ロイヤル・ダッチ・シェル石油のオーナー一族の一人だった。正確にはご主人がその直系に当たる方のようだが、彼女自身オランダの名家の出のようで、その一族の歴史はオランダが海運国として世界に名を馳せた17世紀の、東インド会社誕生にまで連なるらしい。
 元々東インドの交易を行っていた貿易会社14社が、1602年に統合してできたのが東インド会社。元の14社がそれぞれ株主となったこの会社は、世界初の株式会社だった。東インド会社は、広大な海域の貿易独占権と共に条約の締結、海外領土の総督の指名、貨幣の鋳造などを行う権利を有し、ひとつの国家にも匹敵するような存在であったらしい。最盛期には数千人規模の軍隊を組織し参謀を置き、数十隻から成る艦隊をも擁していたと言われている。
 彼女の先祖はその東インド会社の経営に関わっていたとのこと。さらに驚いたのは、デルフトを拠点に富を欲しいままにしていた先祖は、ナポレオン率いるフランス軍の侵攻により、そのすべての資産を奪われ、やむを得ずハーグへと移住するも、持ち前の商才を発揮して見事復活を遂げたと言うのだから、オランダを代表する実業家一族であることは間違いない(父君はオランダ商工会議所の会頭とも聞いた)。彼女は一族の歴史をデルフト時代にまで遡って一冊の本にまとめ上げ、先頃上梓したようだ。自費出版という形で100部限定らしいが、将来的にはこの本を下敷きに小説を書きたいのだとか。東インド会社、ナポレオン…学生時代に世界史で学んだ名前が一族の歴史に直接リンクしている。その凄さに思わず絶句。
 ご主人の仕事の関係で、世界各地を転々として来た彼女は、それぞれの地で現地の言葉を学び、現地ならではの物を買い求め、人脈を広げて来たらしい。ちなみに「何カ国語を話すのですか?」と尋ねたところ、事も無げに「9カ国語」と答えた彼女。大学時代にラテン語とギリシャ語、それから英語、仏語、スペイン語、インドネシア語…と指折り数える彼女。日本語もマンツーマンの指導で学んだようだが、私達が訪ねた日の会話は殆ど英語だった。日本人の悪い癖かもしれないが、在留外国人に対してついつい英語で話しかけてしまうんだよね。相手は日本語を学びたがっているかもしれないのに。
 彼女は4年間の日本での生活をどん欲に楽しんだようだ。テラスには先生について学んだという盆栽の鉢がいくつも陳列されていた。しかし植物検疫の関係で帰国時には一切本国に持ち帰れないとのこと。とても残念そうな表情で、大事にしてくれる人に譲りたいと話していた。
 リビングにはさりげなく17世紀の中国の陶器や磁器が飾られ(特に直径10㎝ほどの小皿の来歴にはロマンを感じた。沈没船から引き揚げられた品で、茶箱の茶葉に埋もれていたおかげで奇跡的に割れなかった物をクリスティーズのオークションで入手したらしい)フランスの農家で200年程前に使われていたという大きなダイニングテーブル、ジョージアンやヴィクトリアンの椅子が、現役で活躍しているようだ。テーブルなど素朴な作りでかなり年季の入ったものだが、「大好きだから、これは売らずに本国に持ち帰ります」と彼女。
 世界をまたにかけて転勤を繰り返す中で身に付いた合理性と、古い物を愛おしむヨーロッパの伝統的な価値観とを併せ持った女性だった。世が世なら、場所が場所なら、私など到底お近づきできないような上流夫人だが、ホスピタリティ精神溢れる、気さくな人柄の持ち主だった。もちろん自身の立場をきちんと弁え、本国(では王族と親交のある方なのだ)での顔と、海外で私達のような異邦人に見せる顔は全然違うのだろう。ともかくも、外国人エグゼクティブの日本での暮らしの一端を垣間見た約3時間は、私にとっては貴重な経験となった。

| | コメント (0)

ブラックブック(蘭・独・英・ベルギー合作)

59_1  ハリウッドでも活躍したオランダ人映画監督ポール・バーホーベンが、『4番目の男』(1982)以来23年ぶりに故国オランダで撮った作品。構想20年、オランダ・ドイツの名優・人気俳優を揃え、オランダ映画史上最高の制作費(25億円)を投じて完成させた渾身の一作らしい。彼のハリウッド進出作品はもう何本も見ていて、エロチシズムと暴力が持ち味との印象を持っている。しかし本作は彼自身の、戦争にまつわる記憶の断片を描くという側面を持っており、彼ならではの娯楽性やダイナミズムを追求しながらも、一連のハリウッド作品とは一線を画すもののようだ。

 舞台は1944年、ナチス・ドイツ占領下のオランダ。ユダヤ人女性ラヘルの波乱に満ちた体験の回想である。ユダヤ人ジェノサイドに邁進していたナチス・ドイツの占領下で、ユダヤ人であるラヘルを取り巻く状況は悲惨なものだった。歌手だった彼女は仕事を失い、両親・弟から一人離れ、隠れ家に身を潜める毎日。そんな彼女の唯一の息抜きは禁制の英語の歌をレコードで聴くことだった。そんな彼女に朗報が舞い込む。レジスタンスを自称する警察組織の人間が、すでに連合軍によって解放されているオランダ南部への脱出を手引きしてくれると言うのだ。その話に乗るラヘル。逃走の際には金品が何かと役立つとアドバイスされ、父が信頼を置くオランダ人公証人スマールの元を訪ね、父が彼女の為に預けていたダイヤモンドやお金を受け取る。そこでスマールが手渡したお金を数えようともしないラヘルに彼は忠告する。「簡単に人を信用するな。今は危険な時代だ」 この忠告は、この映画を貫く骨子と言えるだろうか。

60_7

 手引きを受けたユダヤ人達の中には両親と弟もいた。船着き場で家族との再会を喜ぶラヘル。 しかし…思いがけない裏切りに、復讐のヒロインと化した彼女は自らの過去を封印し、エリスと名前を変えてレジスタンスに身を投じるのである…タイトルの「ブラック・ブック」とは、物語の鍵を握る手帳のことである。そのブラック・ブックはどんな真相を語るのか…

 見ての感想を結論から言うと、面白かった。ヒロインの視点で誰が味方で誰が敵なのか疑心暗鬼の中、或いは物語の観察者として何が善で何が悪なのか考えあぐねながら、先の読めない展開に最後まで目が離せなかった。本作は一般的に英雄視されているレジスタンスの暗部を描いてオランダでは大反響を呼んだらしいが、果たして人間の関わる物事に、絶対善や絶対悪はあり得るのだろうか?人間は善悪の両面を持ち、常にその行動の前には良心(善意)と悪意の葛藤があり、心の振り子が善と悪のどちらにより触れるかで、結果的に善行を行うか、悪事を働くかに分かれているに過ぎないのではないか?―と常々思っている私には、本作で描かれていること(裏切りの数々?)は、それほど意外なことではなかった。それから類推すれば、しばしばその違いが争いの種になる、「価値観」であれ、「歴史観」であれ不変ではあり得ず、時代の趨勢や見る者の立場によっていかようにも変わるのだと思う。今自分が価値を認めているものや正しいと信じていることが、明日にはどうなっているのか―誰一人として確実なことは言えないのではないか?

60_9  過酷な運命に強い意志で立ち向かうヒロインにはオランダ人女優カリス・フォン・ハウテン。彼女は時には全裸の、時には糞尿まみれの、文字通り体当たりの熱演で、監督の抜擢に応えていた。その彼女の愛人となるナチスの将校ムンツェ役にはドイツの名優セバスチャン・コッホ。彼は『善き人のためのソナタ』での社会主義体制に翻弄される演出家役が記憶に新しい(蛇足ながら、実生活でもこの二人は本作での共演をきっかけに恋人関係に発展したそうである)

 この二人を軸に、レジスタンスとナチスドイツの熱い攻防が展開するのだ。確かに冒頭から胡散臭い人間はいる。注意して見ればすぐに判る。それでもヒロイン、エリスの立場からすれば信じたいのだ。人は自分を取り巻く状況が苦しければ苦しいほど誰かを、或いは何かを信じ、それにすがらずには生きられないのかもしれない。それがたとえ不確実なものであっても。

 映画の冒頭の、イスラエルでの平穏な日々も、描かれた時代を見れば~1956年10月に何が起きたのかは歴史年表に記されている~それが束の間のものであったことを暗示していたのだと後で知って、私はバーホーベン監督の透徹した人生観を改めて思い知らされたのだった。

■関連ブログ内記事『オランダと私』:http://hanakonokoukishin.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_29a3.html

【追記】
 ポール・バーホーベン監督の近況をウィキペディアで改めて見てみると、ハリウッドにすっかり嫌気して、活動拠点を故国オランダに移しているようだ。特に『インビジブル』は本人も納得の行かない作品らしく、またハリウッド時代の反省もあって、今回の『ブラック・ブック』ではSFXを一切使わなかった、とある。つまり、この『ブラック・ブック』は監督にとってはハリウッドとの決別を意味する覚悟の作品だったのか。道理でこれまでのハリウッド作品とはテイストが違う作品に仕上がっていたわけだ。


■監督の近況(ウィキペディアより):http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%B3

| | コメント (4)

« 2007年3月 | トップページ | 2007年5月 »